ミッキー・ブランコは86年生まれのラッパー/詩人で、ノンバイナリーな性自認を持つ。カニエ・ウェストとの共演や、マドンナのMVにも出演した経歴があり、リリックではホラティウスを引用する教養人でもある。ミッキー・ブランコというペルソナで活動を始めたのは2010年からで、2016年にはどこかキャンプな趣のあるヒップホップ・アルバムをリリース。昨年のEPはハウスやファンクの影響が色濃い世俗的な喜びに満ちたダンス・ミュージックであった。そのEPに続いてアーロ・パークスらが所属するトランスグレッシヴからセカンド・アルバム『Stay Close To Music』がリリースされる。
マイケル・スタイプ、アノーニ、デヴェンドラ・バンハート、ヨンシーといった豪華なコラボレーター陣を従えた本作。ダークなヒップホップの“Pink Diamond Bezel”でアルバムは始まるものの、作品全体としては優雅で滑らかな音像が特徴的だ。サーペントウィズフィートの最新作に近いとも言える。なかでも6曲目“Your Love Was A Gift”のラップからソウルフルな歌唱へと切り替わっていくパートは実に聴き応えがあるし、スタイプ参加の“Family Ties”はブルーな抒情に満ちた最高の80s風ポップだ。
このアルバムを聴いていておもしろいのは、作り手の美的感覚によって徹底的にコントロールされているので、豪華な客演陣の声までも、もはやミッキーの別人格のように聞こえてくるところだ。映画「アイム・ノット・ゼア」で多くの役者がボブ・ディランを演じることで、彼の多面性を表現したような感じで。ミッキーはマイケル・スタイプにもなり得るし、アノーニやデヴェンドラにもなり得る。その逆も然り。そして聴いているうちに自分の同一性もその動きのなかに巻き込まれていく。そんな不思議な誘引力を持つアルバムだ。
続いて、シークレットリー・カナディアンから待望のファースト・アルバム『Quiet The Room』を出すスカルクラッシャーについて。
ニック・ドレイクを敬愛するシンガーソングライター、ヘレン・バランタインによるプロジェクトで、今作はエーテルのような歌声、深い残響のアコースティック・ギターといった彼女の魅力が晴れて表舞台に登場していく内容だ。そんななかでも外に開かれていくメロディーの“Whatever Fits Together”が特に素晴らしい。
そして耳に心地の良い楽曲だけでなく、“Lullaby In February”終盤の重く沈むドローンや“Sticker”に挿入されるシューゲイザー風ノイズなど、実験的アンビエント・フォークとも言える要素も色濃い。これからの涼しく澄んだ空気のなかで繰り返し聴いていくことになりそうなアルバムだ。
【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。