前作『Titanic Rising』が各メディアの年間ベストに軒並み挙げられたワイズ・ブラッドが、またもや圧巻の新作を作り上げた。
彼女はあるインタヴューで自身を〈ノスタルジックな未来主義者〉と称していた。納得である。近年共演したラナ・デル・レイと同じく、ワイズ・ブラッドも過去への強い執着を抱えながら、それでも現在の音楽を作っていこうとするアーティストだ。
同じく過去へのオブセッションを持ちながら、極めて現代的な音楽を作るOPNことダニエル・ロパティンが参加している今回のニュー・アルバム『And In The Darkness, Hearts Aglow』も、濃密なノスタルジーに満ちているが懐古的なわけではない。
まずは、冒頭3曲の完成度に圧倒される。凪のように穏やかなピアノの上で歌われるヴォーカルが退廃的なまでに美しい“It’s Not Just Me, It’s Everybody”。ゆるやかにシャッフルしながら、希望と不安を行き来する“Children Of The Empire”。そしてジェームズ・ディーンへの切なさに満ちたトリビュートの“Grapevine”。この3曲ではいずれも崩壊しつつある世界において、繋がりや自由を求めるモチーフが歌われ、曲と詞の両面で成熟を極めた仕上がりとなっている。
そんななかで“God Turn Me Into A Flower”の後半ではエレクトロニクスが効果的な違和感を与え、サウンドコラージュ曲“In Holy Flux”はTVの砂嵐のように差し込まれる。どこまでも美しいメロディーに満ちていながら、OPNの作品を思わせるような異物感も存在し、それがアルバムにコンセプチュアルな強度を生んでいる。すでに年間ベストを決めているメディアが聴いたら、急いで改訂せざるを得なくなるような作品だ。
続いてはジャグジャグウォーからリリースされるオケイ・カヤのニュー・アルバムについて。ノルウェー出身のシンガー・ソングライターでモデルや俳優としても存在感を放つ彼女。ニック・ハキムらが参加した新作『SAP』では、アンビエントR&B、親密なベッドルーム・ポップ、フォーク風の楽曲などが幅広く展開されている。音響的に洗練された作品で、ドラムの音も、シンセの音も、ギターの音もとにかく気持ちがいい。そしてどんなアレンジにおいてもヴィヴィッドに響くヴォーカルの強さがアルバムを牽引している。
スムースかつ、優れて感情的でもある本作からあえて1曲を挙げるとすれば6曲目の“Spinal Tap”となる。トム・ミッシュにも通じる洒脱なビートとギターが耳を惹きつつ、重なり合う声が昂揚感のあるリフレインへと集約されていく名曲である。余韻を残すピアニカも含めて完璧だ。全編を通じて絶妙な余白が生み出すグルーヴが素晴らしいアルバムなのでぜひ聴いてみてください。
【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。