ヤー・ヤー・ヤーズは聴き手に親密さを強く感じさせるバンドだ。初期の破壊的なディスコ・パンクの楽曲群に混ざって、“Maps”という00年代究極のインディー・アンセムが存在するように、エキセントリックな攻撃性と共にそっと手を繋いでくるような瞬間を常に携えている。
新作『Cool It Down』はバンドにとって9年ぶりとなるアルバムだ。冒頭のパフューム・ジーニアスをフィーチャーした“Spitting Off the Edge Of The World”では逃げ場のない暗闇がいくぶん大仰に歌われ、ダークなシンセサイザーが全体を包み込む。そんななかでできることは〈世界の端で唾を吐く〉くらいである。しかし終盤、そこに光が差し込む。希望は暗闇を経てこそ得られるとでも言うかのようだ。その両義性が何とも彼ららしい。確かに、このバンドは〈あなたはゼロ〉といった言葉を歌うときにこそ、もっとも華やかな昂揚感を放つのだ。
アルバム全体のサウンドとしては、3作目以来のシンセ・ポップ的なトーンが引き継がれつつ、ビートの存在感が際立っている。“Wolf”における杭を打つような重低音、“Fleez”のバウンシーなビートを聴くと、彼らがまさに2022年にふさわしい形で帰還したことがわかる。
アルバムのなかでもっとも胸を打たれるのは、カレン・Oが電話越しに歌っているように始まる“Different Today”だ。そんな親密な序盤から、楽曲はメロウなディスコ・チューンへと展開していく。年月を経たからこそ表現され得る、穏やかな情感を持つ一曲だ。全体を通して、〈だからヤー・ヤー・ヤーズが好きなんだ〉という瞬間を幾度となく感じられる、素晴らしいアルバムである。
続いては同じくシークレットリー・カナディアンからリリースされる、ホイットニーの新作『SPARK』を紹介したい。リズム面ではアラン・トゥーサンらのソウル/ファンクに影響を受けつつ、フォーキーかつノスタルジックな音像と精緻なアレンジを通じて、何ともビタースウィートな楽曲を作り出すバンドだ。
誤解を恐れずに言えば、そんな彼らのこれまでの音楽的完成度は、ある種の音のレンジの狭さと共にあったと思う。ギラギラした部分を避けた、ウォームな音像だ。その限られた音域においてこそ彼らは自分たちの求めるイメージを追求できたのではないか。そういう意味で彼らの洗練されたアレンジには、どこかベッドルーム・ポップ的な密室性が併存していた。
しかし新作ではこれまでの精密な完成度を保ちつつも、モダンな音響などでレンジが広がっている。ドラマーのジュリアンがかつて一員だった、アンノウン・モータル・オーケストラを思わせる部分もある。そのなかでも白眉は“BACK THEN”である。定まらない心の揺れがピアノの和音とメロディーに託された名曲で、感情のひだが優しく刺激される。秋口にぴったりの心地よい物憂さを持つアルバムなのでぜひ。
【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。