一方、《クラーネルグ》は、カナダのオタワの国立芸術センターの柿落としのバレエの演目の音楽として依頼され、1969年に初演された。振付やその他のキャスティングを一任されていたのは、ロラン・プティである。75分という長さ、そして室内管弦楽団という管弦楽の規模の制約以外は、クセナキスの自由に任されていた。

 タイトルは、クセナキスの造語で、ギリシャ語の2つの言葉、「なしとげる(kraan)」と「アクション(erg)」からできている。1968年、学生運動やヴェトナム反戦運動が盛り上がっており、フランスでは5月革命が起こった。「なしとげられたアクション」はその若者たちのムーブメントを指していて、クセナキスはその運動の発展に「やがて生物学上の世代間の闘争が、世界中に広がり、今までにないスケールで、政治や社会、都市生活、科学、芸術、イデオロギーなどの既存の枠組みを破壊する」という、理想のヴィジョンも重ねたとのこと。実際に、エネルギーや広がり、そしてクセナキスが自らギリシャでのレジスタンス活動で経験したデモのパワーといったものが感じられる作品となっている。

 とはいえ、もちろんそれらが直接的に表現されているわけではない。ちなみに、初演の舞台美術は、クセナキスが紹介したヴィクトル・ヴァザルリによる、白黒の幾何学的なものだった。また、当時の評によれば、プティの振付は単に抽象的というだけでなく、構成も内容も音楽に合わせていなかったそうである。

 23人の器楽奏者と4チャンネルのテープのためのこの作品は、《ペルセファッサ》と同じように、楽章はなく、大きく3つに分けられる。同時期の《ノモス・ガンマ》などと同じく、群論により構造や細かい要素の配列が決められている。

 クセナキスの数少ない、器楽と電子音響のミックスした作品の1つで、両者が重なる部分は少なく、対話、対比からなっている。まずは、管弦楽とテープが交互に聴こえるセクション、そして、やはり《ペルセファッサ》のように時々、大小の「沈黙」部分を挟む、管弦楽が主なセクション、最後は、テープが主となるセクションで終わる。長い沈黙部分は20秒を超える。

 テープは、管弦楽の音を録音して加工処理したもので、ぼわーっとした光の暈のような響きもあるが、基本的に金属的な音などノイズ系の響きが際立つ。それに対して、金管楽器の鋭いスタッカートの連打音や、動物の鳴き声のような、無数の微分音の細かいグリッサンドなど、生の管弦楽のたくさんの音の出来事が応酬を繰り広げる。最後は、テープ音楽(若い世代)のパワフルな大喧騒が、生の管弦楽(古い世代)に取って代わる、という解釈は単純過ぎるであろうが‥。

 2006年録音のスティーヴン・ドゥルーリー指揮カリサンピアン・コンソート演奏のCDがある。

 クラングフォルム・ウィーンは、ヨーロッパの現代音楽シーンに欠かせないトップクラスのアンサンブルである。1985年、作曲家ベアト・フラーが設立して以来、首席指揮者を置かずに、メンバーの自主性に任せられている。6月7-9日にはウィーン芸術週間で、《クラーネルグ》の新しい振付のバレエ公演の演奏を行う。完璧な技巧だけではなく、細やかな音色の変化や噪音をみずみずしく演奏できる感性が魅力。エミリオ・ポマリコとは、共演も多く、録音も出している。

 


ヤニス・クセナキス(Iannis Xenakis)
1922年生まれ、ルーマニア出身。ギリシャ系フランス人の現代音楽作曲家/建築家。アテネ工科大学で建築と数学を学び、第二次大戦後に仏・パリへ移る。48年より建築家ル・コルビュジェに弟子入り。一方でパリ音楽院にて作曲方法を学び、数学の理論を応用した作曲法を発案。図形楽譜に書かれた“メタスタシス”で評価を得た。66年にパリに〈数学的、自動的音楽の研究センター〉(CEMAMu)を設立し、図形を音楽に変換する作曲法の開発に成功。晩年はアルツハイマー型認知症に冒され、97年の“オメガ”で作曲活動を停止。2001年2月4日、パリで死去。78歳没。

 


寄稿者プロフィール
柿市如(Yuki Kakiichi)

東京芸術大学音楽学科修士課程修了後、パリ第8大学でDEA取得。「レコード芸術」、「モーストリー・クラシック」、「CDジャーナル」等に寄稿。『コモンズ・スコラ第15巻20世紀音楽II』楽曲解説などの執筆参加のほか、「クセナキスは語る いつも移民として生きてきた」(青土社)などの訳書がある。

 


LIVE INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル2022

【ザ・プロデューサー・シリーズ クラングフォルム・ウィーンがひらく】
クセナキス100%(クセナキス生誕100周年プログラム)

2022年8月26日(金)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00
曲目:ヤニス・クセナキス(1922~2001)『ペルセファッサ』6人の打楽器奏者のための(1969)*/バレエ音楽『クラーネルグ』オーケストラとテープのための(1969)
出演:エミリオ・ポマリコ(指揮)/イサオ・ナカムラ/ルーカス・シスケ/ビョルン・ヴィルカー/神田佳子/前川典子/畑中明香*(パーカッション)

大アンサンブル・プログラム—時代の開拓者たち—
2022年8月22日(月)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00

室内楽プログラム「ウィーンの現代音楽逍遥」(第1夜)
—クラングフォルムのFamily Tree—

2022年8月23日(火)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00

室内楽プログラム「ウィーンの現代音楽逍遥」(第2夜)
—ウィーンは常動する—

2022年8月25日(木)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00

【テーマ作曲家 イザベル・ムンドリー サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.44(監修:細川俊夫)】
作曲ワークショップ(スコア公募方式による)※日本語通訳付

2022年8月21日(日)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開始:13:20/14:00
14:00~ イザベル・ムンドリー × 細川俊夫 トーク・セッション
15:30(予定) ~若手作曲家からの公募作品クリニック/実演付き(Call for Scores)

室内楽ポートレート(室内楽作品集)
2022年8月24日(水)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00

オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2022年8月28日(日)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:14:20/15:00

【第32回 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会】
2022年8月27日(土)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:14:20/15:00
※有料オンライン(ライブ)配信あり

https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2022/