アミット・ロイは名古屋を拠点にしているシタール奏者。先生のニキル・ベナルジーヴィラヤト・カーンラヴィ・シャンカルらと共に20世紀後半のインドの古典音楽の世界で活躍したシタール奏者で、あまり弟子をとらなかったそうだから、貴重な体験の持主だ。ニキル・ベナルジーについてはぼくはネットに書いてあることくらいしか知識がないが、そこに引用されている彼の言葉によれば、シタール演奏における精神的な要素を重視した人だったらしい(宗教的という意味ではない)。アミット・ロイのように海外生活が長いと、周囲の環境がインドと大きく異なるので、古典音楽を続ける上でも影響があるのではないかと思うが、彼が伝統的なスタイルを守り続けているのは、師匠のそんな姿勢を受け継いでいるからではないだろうか。

AMIT ROY A Night Nada Music Japan(2014)

AMIT ROY Hana Nada Music Japan(2014)

 今年に入って発売された2枚の素晴らしいアルバム『hana』と『a night』を聞いてまず印象に残るのはメロディ・ラインだ。シタールの演奏ではメロディと同じくらい共鳴音の響きが重視され、共鳴音を出す装置にちなんでジュワリと呼ばれる。われわれが、一聴して、ああ、シタールの音だと認識するのも、それゆえだが、アミット・ロイの演奏は、メロディが実にくっきり浮かび上がってくる。そして、まぎれもなく古典音楽なのに、演奏が高揚してくる部分では、ポップに感じられる瞬間が少なくない。不勉強なだけかもしれないが、20世紀のシタールの古典音楽でこんなポップに感じさせる人はあまりいなかった。『hana』の「Raga Rageshri」の後半のシタールとタブラの対話などジャズを聞いているようなおもしろさもあり、60年代以降数多くのジャズ・ミュージシャンがインドの古典音楽に魅せられた理由がよくわかる。シタールの古典音楽は集中力を必要とするので、3秒ごとにテレビのリモコンにふれるような気持ちで聞いても中に入っていけない。しかしいったん扉を開いて中に入ると無限の音の宮殿があなたを迎えてくれる。

【参考動画】アミット・ロイの2011年作『Kanon(花音)』プロモーション映像