その物語を知って、その音楽に触れたなら、その歌声はより深く魂に響く。不世出の〈The Voice〉が残した作品を、映画「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」公開を機に振り返ってみよう!
アーティストの人生を取り上げた伝記映画となると2022年には「エルヴィス」があり、前年にはアレサ・フランクリンの半生を描いた「リスペクト」があった。特に近年は「ボヘミアン・ラプソディ」以降なのか「ストレイト・アウタ・コンプトン」以降なのか、音楽アーティストを主題にした大型の映画作品が相次いでいるわけが、そのなかでもホイットニー・ヒューストンは受け手からどのように認識されているのだろうか。もちろんコアなファンだけが観るものではないわけだし、特に日本においてはやはり〈エンダ~〉と後年のゴシップで記憶される海外セレブみたいな感じなのだろうか。ともかく伝記映画「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」が公開されて、多くの人は彼女の物語を初めて深く知ることになるのかもしれない。
というふうに〈エンダ~〉と書いてはみたものの、よく考えればそれだけで伝わる何かがあるのは凄いことだ。この場合はケビン・コスナーと共演した初主演映画「ボディガード」(92年)における“I Will Always Love You”の熱唱がそれにあたるわけで(同作のサントラは日本でも200万枚以上のセールスを上げている)、この2022年は同作の公開から30周年という節目でもあった。そして、諸々の好タイミングに合わせてこのたび日本独自編集でリリースされた最新ベスト盤が『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』である。同ベストは85~2001年に日本盤としてリリースされた7インチやCDシングル(+それ以降の未シングル化曲もいくつか収録)を最新リマスターで収めたCD2枚と、85~2009年のMVを収録のDVDから成る3枚組のコレクションだ。日本盤のアートワークが一望できるのも楽しいし、ライナーノーツには彼女が日本でどのように知られ、どのように愛されてきたか、来日の記録なども含めて詳細に記されている。

彼女の生涯については今回の映画にそのまま描かれているので、ここでは簡単な紹介に留めておく。ホイットニー・エリザベス・ヒューストンは、63年にニュージャージー州ニューアークで生まれている。母親はプロのシンガーとして活動するシシー・ヒューストンで、父親のジョン・ヒューストンはそのマネージャーだったという。母シシー(33年生まれ)はファミリー・ゴスペル・グループのドリンカード・シンガーズ(ホイットニーの従姉にあたるディオンヌ&ディーディー・ワーウィックも在籍していた)で幼い頃から歌いはじめ、ホイットニーが生まれた63年にはスウィート・インスピレーションズを結成。アレサ・フランクリンやエルヴィス・プレスリーのコーラスでも知られた同グループはアトランティックからデビューし、70年にはソロに転向している。自作を発表しながらさまざまなアーティストのバックで歌っていた母の導きで、11歳で聖歌隊のソリストに選ばれていたホイットニーは、成長に伴って母と一緒にクラブやスタジオに出入りするようになる。
そして、ファッション誌のグラビアなどに登場しながら下積みを続けていたなか、NYでホイットニーのステージを目にしたのが、当時のアリスタ社長、クライヴ・デイヴィスである。83年、20歳になったホイットニーはアリスタと契約した。同年に彼女が全米にお披露目されたTV番組「The Merv Griffin Show」の出演時にもクライヴがエスコート役を務めているが、そこまで惚れ込んだ原石を磨き上げるべく、デビューへのプランは周到に練り込まれた。まずはジャーメイン・ジャクソンのアリスタ移籍作で、そして事故に遭ったテディ・ペンダーグラスの復帰作(いずれも84年)でそれぞれ彼女をデュエット・パートナーに起用させたのだ。こうした仕込みの合間にも慎重に楽曲が選ばれ、最終的にファースト・アルバム『Whitney Houston』のリリースは85年2月まで持ち越されている。苦心の甲斐あってリード・シングル“You Give Good Love”はR&Bチャート1位/全米3位というビッグ・ヒットを記録。同年の“Saving All My Love For You”で初めて全米チャートを制すると、ナラダ・マイケル・ウォルデンによる快活なアップ“How Will I Know”、マイケル・マッサーによるバラード“Greatest Love Of All”、そして次作『Whitney』(87年)からはナラダに再度のアップ“I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me)”、マッサーによるオーケストラルな“Didn’t We Almost Have It All”、ビリー・スタインバーグ&トム・ケリー作のロッキッシュな“So Emotional”、ナラダ作のポップ・バラード“Where Do Broken Hearts Go”……と、足掛け4年に渡って7曲連続で全米No.1を獲得するという離れ業を達成している。もちろんいずれも今回のシングル集に収録されている名曲たちだ。
ホイットニーがゴスペルをルーツに持つ比較的トラディショナルなシンガーなのは言うまでもないが、クライヴの戦略もあってか、80年代の彼女はアダルト・コンテンポラリー寄りのスロウと、シンディ・ローパーやマドンナに通じるアップ・ナンバーが前に出され、同時代のブラック・コンテンポラリーよりもコンサバなお嬢様然としたイメージで固められていた。こうした作風が〈ブラックネスが足りない〉という同胞からの評価に繋がるわけだが、彼女が叩き出してきたさまざまな数字を思えば、その支持層がすでに人種を超えて広がっているのは明白だった。
そうでなくても、映画で再現されているような象徴的なパフォーマンスの数々は、そのたびにホイットニーならではのゴスペルに根差した濃密さを圧倒的に知らしめ、アフリカン・アメリカンの女性アーティストが姿を歪めることなくポップ市場に入り込む突破口となったのは言うまでもない。90年代以降の彼女は安定の大歌手ぶりを保ちながら同時代のR&Bへの対応とルーツ回帰を使い分けてサヴァイヴし、その過程でさまざまな素晴らしい楽曲が生まれてきた。つまり、映画で描かれた〈真実〉からだけでは見えない姿が彼女の作品には記録されている。物語に触れたうえで彼女の音楽を聴けば、それはより深く魂に響くはずだ。
ホイットニーが疑似共演で参加した作品。
左から、バリー・マニロウの2014年作『My Dream Duets』(Verve)、ペンタトニックスの2019年作『The Best Of Pentatonix Christmas』(RCA)、カイゴの2020年作『Golden Hour』(Kygo)
左から、2012年のサントラ『Sparkle』(RCA)、2017年の編集盤『I Wish You Love: More From The Bodyguard』(Legacy)

「ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY」
「ボヘミアン・ラプソディ」のアンソニー・マッカーテンが脚本、「ハリエット」のケイシー・レモンズが監督、「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」のナオミ・アッキーが主演を務めたホイットニー・ヒューストンの伝記映画。さまざまな楽曲が誕生する瞬間や、歌うことにすべてを捧げた彼女の栄光と苦悩を、ヒットソングの数々と共にドラマティックに描き出す。恩師のクライヴ・デイヴィスや夫のボビー・ブラウン、公私にわたる相棒だったロビン・クロフォードらとの関係を通じて、愛すべきホイットニーの複雑な人間味に触れられる一作だ。
ESSENTIALS
ベスト盤未収録の楽曲にも注目しながら改めて聴きたいホイットニーの軌跡

3曲の全米No.1を含むヒット・シングル群が半数を占め、2500万枚以上のセールスを記録した恐るべき初作。“You Give Good Love”を手掛けたカシーフとララによるデジタル・ファンク“Thinking About You”、2曲もデュエットしたジャーメイン・ジャクソン制作のウェットな佳曲も含めれば、ヒット曲の印象のみに止まらない絶妙なバランスが見えてくる気がしなくもない。

前作で“How Will Know”を手掛けたナラダ・マイケル・ウォルデンをメイン格に据えた2作目では、ビリー・スタインバーグ&トム・ケリーやジェリービーンの起用なども含めて初期マドンナを狙ったような80s感覚がポップに弾け飛んでくる。一方で、アイズレー・ブラザーズの名カヴァー“For The Love Of You”や母シシーとデュエットしたゴスペル“I Know Him So Well”も彼女らしさ。

さりげないモノクロ写真のジャケが方針転換を示す3作目。ナラダとマイケル・マッサーの安心感を残しつつ、当時の若手トップだったLA・リード&ベイビーフェイスにニュー・ジャック時代への対応を委ね、保守と革新が威勢よく共存している。スティーヴィー・ワンダーやルーサー・ヴァンドロスとの手合わせがあるほか、自身で共同プロデュースしたダンサブルな“I’m Knockin’”にも注目。

圧巻の5大シングルを含む主演映画のサントラで、ホイットニーが初めてエグゼクティヴ・プロデューサーにクレジットされた一枚でもある。彼女が歌った唯一の非シングル曲はトラディショナルな賛美歌を取り上げた“Jesus Loves Me”で、ビービー・ワイナンズとホイットニー自身が共同プロデュース。なお、亡くなる2日前の彼女が公の場で最後に歌ったのもこの曲だった。

主演第2作のサントラは、全曲をベイビーフェイスが制作/書き下ろして多彩な女性R&Bシンガー/グループが歌った豪華な一枚。ホイットニーは単独で2曲を披露したほか、交流の深かったシーシー・ワイナンズとのデュエット“Count On Me”ではゴスペル仕込みの昂揚感で穏やかな友愛を表現する。この頃ホイットニーに見い出されたシャナの“How Could You Call Her Baby”も収録。

主演映画第3弾のサントラでありつつ、自身のルーツ回帰とホリデイ作品としての機能も兼ね備えたゴスペル盤。後輩のモニカやフェイス・エヴァンス、夫のボビーらを従え、複数のクワイアも招いて自身の〈ホーム〉で悠然と実力を発揮する姿は貫禄十分だ。彼女自身とマーヴィン・ウォーレンと共同制作したそれら以外には、ベイビーフェイスとダイアン・ウォーレンのドラマティックな好仕事もあり。

ポップ市場で主流化した先鋭的なR&Bへの適応を試みた8年ぶりのオリジナル作。ロドニー・ジャーキンスやミッシー・エリオットらと旬の路線で新機軸を見せつつ、ダイアン・ウォーレン作の“I Learned From The Best”やベイビーフェイスによる“Until You Come Back”が成熟した姿を担保する。ローリン・ヒル制作でサンデイを従えたソウルフルな“I Was Made To Love Him”も聴きモノ。

クライヴ不在のアリスタと契約更新して仕上げた5作目。ゴシップの餌食になった状況をボビーの制作で反映した“Whatchulookinat”もあるが、童顔やミッシーの描く女心の機微を穏やかに披露する唱法の変化が新鮮だ。アイズレー使いの優美な佳曲“One Of Those Days”やデビー・ブーンで知られる“You Light Up My Life”の名カヴァーもあって、いまこそフラットに評価されたい。

トラディショナル中心となる初のホリデイ・アルバム。『The Preacher’s Wife』で組んだマーヴィン・ウォーレンが大半をアダルト・コンテンポラリー仕立てで温かく仕上げ、フレディ・ジャクソン“One Wish(For Christmas)”を作者のバリー・イーストモンド&ゴードン・チェンバーズの制作で歌い、トロイ・テイラーのモダンな手捌きもいい。愛娘との“The Little Drummer Boy”も収録。

クライヴ・デイヴィスが手を差し伸べたカムバック作にしてラスト・アルバム。出色はデヴィッド・フォスター×ダイアン・ウォーレンのバラードだが、スターゲイト製の“Call You Tonight”、エイコンによる“Like I Never Left”、エリック・ハドソンとの“Worth It”など全体的には穏やかなテンポ感で披露する曲が多め。途中でアップリフティングに展開する“A Song For You”もおもしろい。

クライヴ・デイヴィス仕切りのライヴ音源集。TVショウやセレモニーなど晴れの場での歌唱が中心で、83年のTV初出演時の“Home”や91年の帰還兵のためのライヴで披露した“A Song For You”、94年のアメリカン・ミュージック・アワード授賞式でのメドレーなど、ここでしか聴けないカヴァーも多い。91年のスーパーボウルにおける“The Star Spangled Banner”はまさにグレイテスト。
ホイットニーのソウルを育んだ先輩アーティストたち

マイケル・ゼイガーがディスコ風味で仕立てた、母シシーの3枚目のソロ・アルバム。ティーン時代のホイットニーが8曲でコーラスで参加しており、これが彼女の最初期の録音となる。同年にはマイケル・ゼイガー・バンドの“Life’s A Party”にもフィーチャーされた。

映画の劇中では“Papillon”が使われているが、同曲を含むこのアルバムはデビュー前のホイットニーが母と一緒にコーラス参加した作品のひとつだ。なお、ホイットニーが92年にカヴァーした“I’m Every Woman”がチャカの代表曲なのは言わずもがな。

“You Give Good Love”を手掛けてホイットニーの初期設定に貢献した重要人物のカシーフは、デビュー前の彼女を本作中の“Where You Are”に招いていた。『Whitney』で“Where You Are”を手掛けたのと同じ87年には自曲“Fifty Ways (To Fall In Love)”で再共演。

ジャクソンズの野心家はホイットニーの初作で3曲を制作したが、それに先駆けた『Jermaine Jackson』(84年)でも2曲で彼女を招いていた。今作でも“If You Say My Eyes Are Beautiful”で共演していて、どうにもメロドラマ的なデュエットが似合うからおもしろい。

シシーとの長年の縁もあってホイットニーの師匠的な存在でもあった女王アレサ。同じアリスタに在籍した今作ではナラダ制作の“It Isn’t, It Wasn’t, It Ain’t Never Gonna Be”でパワー勝負な初のデュエットが実現している。なお、同曲の作者はダイアン・ウォーレン。

映画の劇中で“Bad Boy / Having A Party”(82年)が使用されているルーサー・ヴァンドロスは、シシーの起用やアレサのプロデュース、チャカの別掲作への参加などホイットニー周辺で活躍したひとり。彼女の3作目では洒脱な“Who Do You Love”を手掛けた。
