今月は諸事情により2本立てでお届け……以前タブーのレーベル特集でも紹介したソウル音楽界の名裏方、クラレンス・アヴァント。2023年に天に召された〈ブラック・ゴッドファーザー〉の功績を改めて振り返ってみよう!
〈黒人音楽のゴッドファーザー〉という言葉から何をイメージするかは人それぞれだとして……その形容で敬意を集めてきたクラレンス・アヴァントが2023年8月13日に逝去した(享年92)。いわゆる裏方の名前として、企業のエグゼクティヴやファウンダーのサクセスストーリーが描かれることは音楽業界においても決して珍しいことではない。例えばモータウンのベリー・ゴーディJrやスタックスのジム・スチュワートのように創作面にもタッチしたような経営者/プロデューサーであれば、実際の音源に何かしらのインプットが残されていたり、オフィスやスタジオでのエピソードなどがおもしろおかしく語られたりするものだ。が、クラレンス・アヴァントはそういうタイプの人ではない。生前にドキュメンタリーが作られてもいるので、逸話がないわけではないが、彼がやったことの大きさや幅広さからすれば、その業績の多くは語られないままのように思える。〈黒人音楽のゴッドファーザー〉は、清濁併せ呑んでサヴァイヴしてきた時代の人でもあった。
ノースカロライナ州クライマックスで1931年に生まれたクラレンスは、ニュージャージーで高校時代を過ごし、その後にナイトクラブのマネージャーとして音楽業界に足を踏み入れている。その過程で出会ったのがルイ・アームストロングらをマネージするジョー・グレイザーという大物で、クラレンスは彼からアーティストのマネージメントを学んだとされている。そうやってジミー・スミスやラロ・シフリン、サラ・ヴォーンといった面々をサポートしながら、やがてスタックスの売却を仲介するなどして業界の黒幕として名を馳せていく。そうしたなかでハリウッドにオフィスを構え、69年にブッダ傘下に立ち上げたレーベルがサセックスであった。
そんなサセックスの最大の功績といえば、ビル・ウィザーズをデビューに導いたことだろう。もともと飛行機の整備士で多くのレコード会社に門前払いされてきたという男の歌を聴いてクラレンスが何かを感じたそうだが、71年にデビューしたビルは“Ain’t No Sunshine”や“Lean On Me”などの名曲を生み出し、ソウル音楽の範疇を越えて敬意を集める存在になった。逆にいうと商業的に成功したのはほとんどビルぐらいのもので、よく知られているのは第85回アカデミー賞で〈長編ドキュメンタリー部門〉を受賞した映画「シュガーマン 奇跡に愛された男」の主人公=シクスト・ロドリゲスがまったく売れずに冷遇されたことだろう(ロドリゲスは奇しくもクラレンスが亡くなる直前の8月8日に逝去した)。とはいえ、作品的には素晴らしいものが多かったのも事実であり、後から遡って再評価された作品も多いので、このページでは近年リイシューの進んだサセックス発の多種多様なアルバム作品を紹介しておきたい。
結果的には親会社のブッダが経営悪化し、脱税容疑などの問題も絡んできたのを受け、サセックスは75年に倒産。クラレンスは若干のブランクを置いて新レーベルのタブーを設立する。このタブーは80年代に入ってプロデュース・チームのジャム&ルイスを見い出してバックアップし、彼らとの仕事でSOSバンド、シェレール、アレクサンダー・オニールといった面々が大きなヒットを生み出していくことになる。ジャム&ルイスがそれ以降のポップ音楽シーンに果たした役割については言うまでもないだろう。80年代にそのジャム&ルイスと腕を競ったヒットメイカーがLAリード&ベイビーフェイスだが、彼らが89年にラフェイスを設立する際もクラレンスが代理人を務めて話をまとめたそうだ。なお、その時期に出たベイビーフェイスのソロ作『Tender Lover』(89年)には〈Godfather〉としてクラレンスの名前が目立たぬようにクレジットされている。そう思えば、ジャム&ルイスとラフェイスの両組が半分ずつを手掛けて話題になったジョニー・ギル『Johnny Gill』(90年)がどうやって実現したのかも想像できようものだ(クラレンスはジョニー・ギルのマネージメント/アドバイザーも務めていた)。
その後もクラレンスはタブーを運営するが、93年にモータウン会長に任命されると、やがてタブーをモータウンに吸収し(末期タブーではフェミ・クティの全米デビューなどを手掛けた)、作品クレジットなどでも表舞台に名前が出ることは徐々になくなっていった。
クラレンスが亡くなると、クインシー・ジョーンズやジェイZ、多くのエグゼクティヴ、果てはビル&ヒラリー・クリントンらが哀悼の意を発表。マイケル・ジャクソンの公式サイトまでも追悼メッセージを発した(マイケル初のソロ・ツアー〈Bad Tour〉はクラレンスがプロモーターを務めていたという)。なお、生前の2019年にはNetflixで彼のドキュメンタリー「ブラック・ゴッドファーザー:クラレンス・アヴァントの軌跡」が配信されたが、NetflixのCEOであるテッド・サランドスの妻がクラレンスの愛娘ニコール(元駐バハマ米国大使)だというのだから、話がデカすぎるというか、どんだけ人脈が凄いんだというか……。
ビル・ウィザーズの71年作『Just As I Am』(Sussex/Columbia)
左から、2012年のドキュメンタリー映画のDVD「シュガーマン 奇跡に愛された男」(KADOKAWA)、ベイビーフェイスの89年作『Tender Lover』(Solar/Epic)、ジョニー・ギルの90年作『Johnny Gill』(Motown)