アトモスフェリックな美しさのせせらぎに、凛とした歌声の豊かな表情。待ち焦がれたファースト・アルバムは、魂をそのまま委ねるべき楽園R&Bの陶酔境に違いない……
ジェネイ・アイコというシンガーを簡潔に紹介すると、言ってみれば彼女はいまのラッパーたちにとってのミューズのような存在である。まあ、いつの時代にもそういうポジションに置かれる歌い手は必ずいるものだが、このジェネイに関してはちょっと勝手が違うというか、旬のラッパーたちからここまで集中的にラヴコールを送られたケースはちょっと他に思い当たらない。なんといっても、ジェネイはアルバム・デビュー前にしてすでにケンドリック・ラマー、スクールボーイQ、アブ・ソウル(つまりブラック・ヒッピーの4分の3だ)、カニエ・ウェスト、J・コール、ビッグ・ショーン、ワレイ、そしてドレイクとの共演を果たしているのである。自分の記憶が確かならば、〈クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウル〉の触れ込みと共に登場したデビュー当時のメアリーJ・ブライジでもここまでの騒ぎにはなっていなかったはずだ。
ジェネイを取り巻く現在の状況は、上に挙げたような数々の人気ラッパーたちとのコラボレーションによって形成されていったところももちろんあるが、やはり決め手になっているのは2011年3月16日にリリースされたミックステープ『Sailing Soul(s)』だ。前年のドレイク『Thank Me Later』に誘発されるようにして、ウィークエンドの『House Of Balloons』よりも5日早く世に放たれた『Sailing Soul(s)』は、そのタイミングが雄弁に物語っているように、以降スタンダード化するアンビエントR&Bのモードを設定した作品といえる。また、『Sailing Soul(s)』にはカニエ・ウェストやケンドリック・ラマー、ミゲルらと共にドレイクがゲスト参加しているのだが、それはあたかもこの潮流を築いた張本人が彼女こそ次代のクイーンであると公認したようでもあり、実際、彼女の音楽にはドレイクのラヴソングから漏れ聴こえてくる溜息のような倦怠と官能が宿っていた。
そんなエポックメイキングな『Sailing Soul(s)』から3年半。カニエのメンターであるノーIDがデフ・ジャム傘下に興したレーベル=アーティウムと契約したジェネイが、昨年11月のEP『Sail Out』を挟んでようやくファースト・アルバム『Souled Out』のリリースに漕ぎ着けた。〈ポスト・ダブステップ時代のソウル・ミュージック〉の名のもとに有象無象のアンビエントR&Bが氾濫する現状を考えると、イノヴェイターである彼女の初のフル・アルバムが2014年のいまリリースされることについては正直なところ待望というよりも苛立ちを覚えるぐらいだが、弱冠12歳でエピックとのメジャー・ディールを手中にするものの完成したアルバムがお蔵入りの憂き目に遭うなど、実は苦渋を味わってきたジェネイの苦節14年のキャリアを思えばここは素直に祝福しておくのが筋なのだろう。
そんなわけで、パイオニアでありながら結果的に後手に回ってしまった感のあるジェネイだが、それでも先発組を軽く周回遅れにしてしまうぐらいに『Souled Out』は素晴らしい。まるでスピリチュアル・ジャズと見まがうような、女性R&Bシンガーのデビュー・アルバムとしては異例とも言えるジャケットがこの傑作の革新性を体現しているが、シャーデー『Love Deluxe』とアリーヤ『Aaliyah』を結びつけるような内容はまさにドレイク『Take Care』の正統な後継作として聴くこともできるはず(ミシェル・ゴンドリーの例の映画からインスピレーションを得たと思われる連作“Spotless Mind”と“Eternal Sunshine”も『Take Care』の失恋イメージを連想させる)。本人のエキゾティックなヴィジュアルと重なり合う、全編に仄かに漂うアイランド・ヴァイブも最高だ。先ほども触れた通り〈アンビエントR&B〉にファイリングされる作品はすでに大量に出回っているが、究極の陶酔境は間違いなくここにある。
▼関連作品
左から、ジェネイ・アイコの2013年のEP『Sail Out』(Artium/Def Jam)、ジェネイとB2Kの共演曲を収めた2003年のサントラ『You Got Served』(Epic)、客演したスクールボーイQの2012年作『Habits & Contradictions』(Top Dawg/Pヴァイン)
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▼ジェネイ・アイコが参加した近作を一部紹介
上から、J・コールの2013年作『Born Sinner』(Roc Nation/Columbia)、ドレイクの2013年作『Nothing Was The Same』(Young Money/Cash Money/Republic)、チャイルディッシュ・ガンビーノの2013年作『Because The Internet』(Glassnote)、コモンの2014年作『Nobody’s Smiling』(Artium/Def Jam)
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