写真協力:公益財団法人川喜多記念映画文化財団

高知県立美術館 春の定期上映会
生誕100年記念 ピエル・パオロ・パゾリーニ監督特集
ー恐るべき単純さが映画を支配しているー

 高知県立美術館で開催されるピエル・パオロ・パゾリーニ監督特集は、このイタリーの監督の映画表現が稀有な単純性を持つことを捉える機会だと言えるだろう。

「奇跡の丘」
©COMPASS FILM SRL.

 たとえば「奇跡の丘」の冒頭、マリアの顔がぬっと画面いっぱいに現れる。続いて夫ヨセフの顔が、やはりアップで現れる。見つめ合う二人の屈託に満ちた表情の理由は、次に現れるマリアの全身のショットで明かされる。彼女の腹が大きく迫り出しているからだ。自分以外の種を宿した妻への悲憤慷慨に家を飛び出したヨセフの前に、天使が現れて神の子だと告げる。再び家に取って返した彼の顔とマリアの顔が、微笑みながら向かい合わされる。

 セリフなど介在する余地はなく、ただ二人の顔の見交わし合いだけが場面を作る。成人したイエス・キリストの顔も、ほとんど今まさに世界に顕現したかのような唐突さで画面に登場する。イエスが弟子たちを募る場面でも、その顔が大写しで現れるや否やそこを目がけて若者たちが蝟集してくる。聖なる顔だけがロシア正教のイコンのような、プリミティブな図像として映画にもたらされている。顔が全てを統べる映画世界を、パゾリーニは作り上げているのだ。

「王女メディア」 MEDEA
©1969 SND (Groupe M6). All Rights Reserved.
配給:ザジフィルムズ

 パゾリーニの映画では、顔の出現を契機に全てが動き出す。「王女メディア」では、聖像として祀られる黄金の羊毛皮を盗もうと、勇者イアソンがコルキスの神殿に忍び込む。そこに居合わせたメディアと鉢合わせして二人の顔が見交わされる瞬間、王女の心は決してしまう。羊毛皮を持ち出し弟王を殺しイアソンのもとに走る行動に、彼女はわき目もふらずに突き進んでいく。

「テオレマ 4Kスキャン版」
©1985 - Mondo TV S.p.A.
配給:ザジフィルムズ

 「テオレマ」は、世界を支配するイコンを描くもう一つの「奇跡の丘」だ。工場経営者を父に持つブルジョワ一家を訪れる男の出現によって、一家の全員がそれまでの日常を投げ捨てる逸脱的行為に走り出す。息子や娘、父と母親、家政婦までが自己放棄に身を投げだす起点は、彼らの前に男(テレンス・スタンプ)が顔を現す瞬間だ。その顔を目にするや彼らは犬のように彼に駆け寄り自身を全て委ねた後、解脱への道にひた走る。顔の出現がそこから出来する出来事へと一気に繋がる暴力的なまでの直截性が、パゾリーニ映画を成立させている。

「アポロンの地獄」
©COMPASS FILM SRL.
「ソドムの市」Salo, Or The 120 Days of Sodom
©1976 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

 そんな行動の短絡的とさえ言える単純性の一方で、パゾリーニは多様なコンテクストを映画に注入するために、全く異質の時空をあっけないほど簡単に横断する。「アポロンの地獄」ではソフォクレスによるオイディプスの物語が、20世紀初頭のボローニャの洋館から始められる。ギリシャ悲劇はパゾリーニ自身の誕生の時と場所へとシフトし、映画作家自らの物語が持ち込まれる。「ソドムの市」では、マルキ・ド・サドの「ソドムの百二十日」が第二次大戦時のイタリアの最高権力者たちの狂宴と化している。〈ファシストだけが力による無政府主義を実現する〉というテーゼが、倒錯と汚辱にまみれた狂騒の地獄絵図を描き出す。全く異なった文脈を持ち込んで物語を多義的なものへと上書きする。そんな際にも、パゾリーニの映画に迷いや躊躇いは存在しない。全てが目指すべき地点に一直線に走る直截な果断だけが支配する、それは世界なのだ。

 


「奇跡の丘」(1964年|137分|イタリア|白黒|35ミリ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:エンリケ・イラソキ/マルゲリータ・カルーゾ/スザンナ・パゾリーニ

「アポロンの地獄」(1967年|104分|イタリア|カラー|35ミリ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
原作:ソフォクレス「オイディプス王」
出演:シルヴァーナ・マンガーノ/フランコ・チッティ/アリダ・ヴァッリ

「テオレマ 4Kスキャン版」
(1968年|99分|イタリア|カラー|ブルーレイ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:テレンス・スタンプ/シルヴァーナ・マンガーノ/アンヌ・ヴィアゼムスキー/ラウラ・べッティ

「王女メディア」
(1969年|111分|イタリア=フランス=西ドイツ|カラー|ブルーレイ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
原作:エウリピデス「メディア」
出演:マリア・カラス/ジョゼッペ・ジェンティーレ/マッシモ・ジロッティ

「豚小屋」(1969年|99分|イタリア|カラー|35ミリ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
出演:ピエール・クレマンティ/ジャン・ピエール・レオ/アンヌ・ヴィアゼムスキー

「ソドムの市」(1975年|118分|イタリア|カラー|35ミリ)
監督・脚本:ピエル・パオロ・パゾリーニ
原作:マルキ・ド・サド「ソドムの百二十日」
音楽監修:エンニオ・モリコーネ
出演:パオロ・ボナチェッリ/ジョルジョ・カタルディ/アルド・ヴァレッティ

 


INFORMATION

写真協力:公益財団法人川喜多記念映画文化財団

生誕100年記念
スキャンダラスな巨匠
ピエル・パオロ・パゾリーニ監督特集

2023年5月26日(金)・5月27日(土)・5月28日(日)高知県立美術館ホール
各プログラム入替制
入場料(税込):1プログラム券 前売1,000円/当日1,200円
提供・配給:Park Circus/Compass Film/ザジフィルムズ
協力:カルチャヴィル/ユーロスペース
主催:高知県立美術館

■5月26日(金)
*Aプログラム 13:00~15:17「奇跡の丘」/15:30~17:14「アポロンの地獄」
*Bプログラム 18:00~19:39「テオレマ 4Kスキャン版」 ※PG12/19:50~21:41「王女メディア」

■5月27日(土)
*Cプログラム 10:00~11:39「豚小屋」/11:50~13:48「ソドムの市」
*Aプログラム 15:00~17:17「奇跡の丘」/17:30~19:14「アポロンの地獄」

■5月28日(日)
*Bプログラム 10:00~11:39「テオレマ 4Kスキャン版」 ※PG12/11:50~13:41「王女メディア」
*Cプログラム 15:00~16:39「豚小屋」/16:50~18:48「ソドムの市」

主催・お問合せ:高知県立美術館 高知市高須353-2 https://moak.jp