
デヴィッド・バーンの新作『Who Is The Sky?』
複雑な時代のための個人的なアルバム
デヴィッド・バーンの前作『アメリカン・ユートピア』は、ブライアン・イーノと共同で制作したコンセプト・アルバムで、ブロードウェイでのミュージカル上演やスパイク・リー監督によるドキュメンタリー映画も制作された。歌詞の内容は、アメリカはユートピア社会を作るというコンセプトに基づいて生まれた国だという事実に基づいている。イーノもリーも今日、政治や社会問題についての見解を表明していることで知られている。2025年になった今、政治はかつてないほど複雑になっている。社会はかつてないほど分断されている。ニューヨークの友人によれば、若い世代の多くは政治家を信用しなくなっているそうだ。なぜなら、政治家の陰には、裕福な献金者の存在があり、彼らにコントロールされていることに気が付いたからだ。では、こうした時代にバーンは何を表現するのだろうか?
政治や社会について語る代わりに、バーンは個人的な問題に焦点を当てることを今回選んだ。彼の曲は、トーキング・ヘッズのために書いた初期の曲のスタイルに戻ったようだ。ゴースト・トレイン・オーケストラによる室内アンサンブルのアレンジは見事だ。前作とは全く違ったサウンドになっている。ニューヨークを拠点としたゴースト・トレイン・オーケストラは作曲家・アレンジャーのブライアン・カーペンターをリーダーとした前衛音楽とアヴァンギャルド・ジャズのアンサンブル。僕が子供の頃、ストリート・ミュージシャンとしてニューヨークの路上で演奏していた作曲家ムーンドッグの曲をアレンジしたクロノス・クァルテットとのコラボレーション・アルバム『Songs And Symphoniques: The Music Of Moondog』が有名だ。ムーンドッグは多くの小品を作曲したことで知られており、日本では沢井一恵の箏の弟子たちによっても演奏されている。デヴィッド・バーンは、このアルバム発表のコンサートにゲスト参加して、彼らのアレンジと演奏に感動をして、今回の彼の新曲の全面アレンジを頼んだ。
バーンはアヴァンギャルドでもクラシックの作曲家でもないが、彼のロック・ソングにはアヴァンギャルドの要素がある。これらの曲はポップでキャッチーに聴こえるが、アレンジがアート・ソングの感情的な深みを引き出している。また、60年代後半のビートルズを連想させる。作詞は、個人を中心としたエピソードを語るストーリーが多い。
このアルバムにはセイント・ヴィンセントやトム・スキナーが参加している。セイント・ヴィンセントは、近年ニューヨークから登場した最も興味深いシンガーソングライターのひとりだ。トム・スキナーはトム・ヨークやジョニー・グリーンウッドと共にザ・スマイルを結成しているドラマー。
“My Apartment Is My Friend”では僕のアパートこそが僕の友達だと歌う。アパートの部屋は〈困惑する僕を目撃しているし、成功を喜ぶ僕も、恥じ入る僕も誰も知らないことも知っている〉と歌う。だから、〈君の中にいると安心〉。
“I Met The Buddha At A Downtown Party”ではスピリチュアル系の〈先生〉として知られていた人がパーティーでむしゃむしゃ甘いお菓子を食べているのを目撃して、彼に聞くと〈悟りビジネスからは引退してしまったんだ〉と言われる。
“Moisturizing Thing”ではアンチエイジング・クリームを試してご覧と恋人からもらう。つけてみると翌朝三歳児のようになっていた。人は外見で判断する。〈人生は楽じゃない、三歳児に見えるとなると〉とシニカルに歌う。こうした歌詞はザ・キンクスの歌詞を思い出す。
現代は自分の意見を述べると、陰謀論者、左翼、右翼、人種差別主義者などのレッテルを貼られることがよくある時代だ。今回はみんなが楽しんでもらえるよう、曲は普遍的なものになっている。
ゴースト・トレイン・オーケストラについての補足情報
ゴースト・トレイン・オーケストラは、2006年にブライアン・カーペンターによって設立された、ニューヨーク・ブルックリンを拠点とする大編成のアンサンブルである。評価の定まっていない作曲家や、忘れ去られた作曲家たちの作品を独自の解釈と再構築によって蘇らせるスタイルで知られており、ニューヨーク市内のみならず、全米各地で精力的にレコーディングや演奏活動を展開してきた。これまでに5枚のアルバムをリリースしており、いずれもその独創性と芸術的ビジョンに対して高い評価を獲得。2023年には、伝説的なクロノス・クァルテットとのコラボレーション作品『Songs And Symphoniques』を発表。本作では、ニューヨークのストリート詩人・パフォーマーとしても知られるルイス・ハーディン(通称:ムーンドッグ)が遺した、数百にもおよぶ美しくも幻想的なマドリガルや交響曲を新たな視点で再構築している。
公式サイト:https://www.ghosttrainorchestra.com/
デヴィッド・バーン(David Byrne)
1952年5月14日生まれ、スコットランド・ダンバートン出身。ロード・アイランド・スクール・オブ・デザイン等で学び、やがてこの大学の仲間とトーキング・ヘッズを結成し、1977年にアルバムデビュー。ニューウェイヴ/ポスト・パンクの旗手として活躍。1991年のトーキング・ヘッズ解散後は、ブライアン・イーノやファットボーイ・スリムらとのコラボやソロ・プロジェクト、映像作品など精力的に活動を展開。2018年にソロ名義では14年ぶりとなるアルバム『アメリカン・ユートピア』をリリース。