
第8番と“新世界より”も生命力豊かに奏でる
第7番よりも古くから世界的に知られ、ワルターやカラヤンなどチェコ以外の大指揮者たちも数多くの〈偉大な〉名盤を作ってきた交響曲第8番と第9番“新世界より”でも、マーツァルの姿勢は変わることがない。競合盤の多いインターナショナルな名曲だからといって肩肘張ることなく、スコアを等身大に、生命力豊かに、色彩的に、ニュアンス豊かに描き出しており、ドヴォルザークの音楽がいかにチェコの自然や伝統に深く根ざし、繊細な詩情に溢れたものかを教えてくれる。
こうしたオーガニックな魅力に満ちた演奏を、当時のエクストンの技術陣は細大漏らさず捉えている。そして今回の復刻はこれらの録音を手掛けた、レコーディングディレクターとしてクレジットされている江崎氏本人による最新機材を用いたリマスター盤であり、SACD層、CD層、ともに鮮烈にして繊細な音質でこの名演を満喫できるものとなったことを特筆したい。
RELEASE INFORMATION

リリース日:2024年6月21日(金)
品番:OVEP00031
フォーマット:2 SACDハイブリッド
価格:5,720円(税込)
タワーレコード限定販売
・SACDハイブリッド盤
・限定盤、スリムケース仕様
・2024年最新マスタリング音源使用(マスタリング・エンジニア:江崎友淑)
・盤印刷面:緑色仕様
・オリジナルマスターから起因するノイズ等がございますが、ご了承ください
・解説書:満津岡信育(新規序文解説)、諸石幸生ほかによる初出時解説&曲目解説(一部加筆修正)を掲載、解説書合計16ページ
TRACKLIST
アントン・ドヴォルザーク:後期交響曲集(第7番、第8番、第9番「新世界より」)、他
DISC 1
1. アントン・ドヴォルザーク:交響曲 第7番 ニ短調 作品70
2. アントン・ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88
DISC 2
3. アントン・ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」
4. ヨゼフ・スーク:組曲「おとぎ話」作品16
■演奏者
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
ズデニェク・マーツァル(指揮)
■録音
1997年5月6-8日(2)、2004年1月16-17日(3)、2004年9月1-2日(1)、2007年5月7日(4)プラハ「芸術家の家」ドヴォルザーク・ホールにて収録
■Original Recordings
Assistant Producer: Takeshi Muramatsu (Sym. No. 9), Natsuko Samejima (Sym. No. 9), Masako Teshima (Sym. No. 9, Suk)
Recording Director: Tomoyoshi Ezaki
Assistant Director: Masako Teshima (Sym. No. 7), Miyuki Ito (Sym. No. 8), Masato Takemura (Suk)
Assistant Engineer: Takeshi Muramatsu, Lubomir Novácek, Michal Závěrka
■マスタリングエンジニア
江崎友淑(Tomoyoshi Ezaki)
■原盤
オクタヴィア・レコード
PROFILE: ZDENĚK MÁCAL
1936年、チェコのブルノ生まれ。ブルノ音楽院やヤナーチェク音楽舞台芸術アカデミーで学んだ。1963年、モラヴィア交響楽団の指揮者に就任。1965年、ブザンソンの国際指揮者コンクールで優勝、1966年にはミトロプーロス国際指揮者コンクールで第3位となり、同年、チェコ・フィルを振ってデビュー。1967年にはプラハ交響楽団の指揮者に就任したが、プラハの春の動乱により西側に亡命、ケルン放送響(現ケルンWDR交響楽団)の音楽監督(1970~1974年)、シドニー響の首席指揮者(1986~1987年)などを歴任。その後アメリカのミルウォーキー響(1986~1995年)の首席指揮者、ニュージャージー響の首席指揮者(1993~2002年)を経て、2003年母国のチェコ・フィルの首席指揮者に選任された。4年間この地位を務め、この間来日も果たしている。CDはEMI、コス、デロス、テラークなどに録音を遺したが、代表盤はすべてエクストンに揃っている。チェコ・フィルとのドヴォルザークやマーラーの交響曲集、ブラームスやチャイコフスキーの交響曲全集完結などはこの指揮者の名声を揺るぎないものとした偉業である。ベルリン・フィルやウィーン響、ロイヤル・フィル、ボストン響、シカゴ響、N響などの名門をはじめ、世界の170以上ものオーケストラを指揮したことでも知られる。TVドラマ「のだめカンタービレ」では主人公が敬愛する指揮者ヴィエラ役を演じ、わが国にもなじみ深かった。2023年10月25日、惜しまれつつ87歳の生涯を閉じた。