エル・システマ創設者マエストロ・ホセ・アントニオ・アブレウの志を未来へ――
激動のベネズエラの若き指揮者の栄光と苦悩そして挑戦に密着したドキュメンタリー
20年近く前だろうか、グスターボ・デュダメルというハタチを過ぎたばかりの指揮者が、突如として脚光を浴びた。ベートーヴェンやマーラーの交響曲をドイツ・グラモフォンからリリース。アバドやバレンボイム、ラトルといった第一線の指揮者が、この若者に最大級の賛辞を寄せた。
なにぶんマーケットを意識した売り方ではあったものの、それには理由があった。この類い稀なる才能を紹介するだけでなく、それを生み出したエル・システマという教育システムを業界をあげてアピールしたかったのだ。
エル・システマとは、南米ベネズエラで始まった音楽教育システムだ。無料で楽器を習い、オーケストラ活動に参加できることで、若者を薬物や虐待、犯罪から救うというプログラムだ。オーケストラのなかで演奏することで、とりわけ貧困層の子供たちに自尊心とコミュニティを与えた功績は大きく、それは世界各地へと広まっていく。のちに文化大臣となるホセ・アントニオ・アブレウによって1975年にスタートしている。
ともすれば、エスタブリッシュ層の娯楽と見なされがちなクラシック音楽。その音楽が社会活動として立派に機能している例として、21世紀になって大きく注目を集めることになる。
その申し子となったのがデュダメルだった。1981年、ベネズエラ北西部バルキシメト生まれ。幼くしてエル・システマの教育を受け、12歳から指揮を始めるようになり、18歳でシモン・ボリバル・ユース・オーケストラの音楽監督に就く。2008年に、このオーケストラを率いて来日公演を行ったときは、バーンスタインの「ウエスト・サイド物語」からのシンフォニック・ダンスなどをノリノリで演奏、大いに客席を沸かせた。
2009年にはロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任。ベルリン・フィルやウィーン・フィルにもたびたび客演している。2017年には、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮者も務め、若くして一流指揮者の仲間入りを果たす。2026年からはニューヨーク・フィルの音楽監督に就く予定だ。
映画「ビバ・マエストロ!」は、そんなクラシック音楽界に新風を吹かせる若きマエストロが歩む栄光を描くドキュメンタリーになる、はずだった。しかし、故国ベネズエラの政治的な混迷が、この主人公の運命を大きく変えていく。