
滞在時の体験や景色と結びついた作曲と演奏
ジャキスにとってアラカチの海辺での滞在は魅惑的な時間だったそうで、「アラカチ滞在中に生まれた曲はすべて、そこで起きたことと結びついている。例えば“Fogueira”に関して言えば、この曲がバイアオンだということもあり、曲の着想にエグベルト・ジスモンチの存在を感じた。ビーチでおこなわれたイベントで大きな火が灯された時、ヒカルドと私の頭の中にはこの曲が聞こえていた」と明かす。
バイアオン(バイオーン)とは1940~1950年代に流行したブラジルのダンス音楽で、アコーディオン奏者ルイス・ゴンザーガがそのブームの立役者になったことで知られている。そのバイアオン形式の“Fogueira”は、トライアングルの響きが効いたシンプルなリズムに、シンコペーションして跳ねるヒカルドのピアノ、そして細かい譜割りの旋律を饒舌に歌うジャキスのチェロが、いずれも素晴らしい。ヒカルドの作品といえば、アコースティック楽器の滋味を豊かで広い空気感とともに封じ込めるのを得意としている印象だが、この曲ではシンセサイザーも用いられており、1970~1980年代のMPBを思わせる場面もあるのが興味深い。
2人の共作曲“Milagres”も、町の景色と直接的に結びついているという。ジャキス曰く、「海辺に夕日を見に行った時に、高い石の上に自分の物を置いたまま海に入ったことがあった。ふとうしろを振り返ると潮が満ちて、携帯電話を含めて全部流されてしまっていた。落ち込んでいたら、現地在住であの辺りの土地に詳しいセウ・ルシーニョが海の中から携帯を見つけて拾ってくれた。“Milagres”はこの出来事に結びついている」。
ハンドクラップが交差するラテンリズムを刻み、多重録音されたチェロが主旋律と厚い伴奏を担うこの曲は、沈む夕日や波の満ち引きといったランドスケープを映像的に喚起させる、ジャキスの雄大な演奏が堪能できる。
収録曲で唯一ボーカルが入っているのは、ヒカルドが歌う“Quando A Noite Vem”。優しい歌声だが、歌詞を読むと夜に2人の間で爆発する欲望の様が綴られており、意外にも艶めかしい。低音部にまで潜り込んでいく肉感的なジャキスのチェロは、歌詞の場面を描いているようだ。続く“Fi_Ru_Hay_Kay”も、シンセを用いて夜の空気と怪しげなムードを纏った情景を描いている。
ヒカルドが作曲した“Caminhos De Areia”は、アルバムを象徴する曲としてミュージックビデオが制作されている。撮影ロケーションであるランチョ・ド・チコはアラカチではなくフォルタレーザの地域だが、木々や砂漠、馬、廃屋、広く突き抜けた青空、動物たちの頭骨といったものを映した映像が、日本に住む者にとっては想像しがたいブラジル北東部沿岸の景色を十二分に伝えている。
音楽的には、荒野を吹き抜けるような音(シンセによるものか、あるいはアルバムの随所で用いられているフィールドレコーディングか)に始まり、ドラムがほとんど用いられていない本作においては珍しくパーカッションが強い打音を響かせている。そのビートと同期して、2人の演奏もリズムオリエンテッドだ。〈砂の道〉という曲名どおりの映画的と言っていいフィールドを描き出している。
ちなみに“Correios”と“Fi_Ru_Hay_Kay”の2曲は、2人が過去に作曲した未発表曲なのだという。しかしヒカルドは、「重要なのは、既存の曲も含めて今回アルバムに収録された曲はすべてアラカチの町を背景としていることだ」と語る。それほどアラカチという土地そのものと結びついたアルバムなのだ。