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多くを語るのにたくさんの言葉はいらない

――青柳さんは円城さんが栗原さんと始めた音楽に初めて触れたとき、どんなことを感じましたか?

青柳「渋谷にElectric Cafeっていうお店があって、そこで初めてNoise On Trashのライブを観たと思います。ドラムとベース、それと円城さんのギターっていう基本的な3ピース編成なんだけど、スタンダードな響きをグニャッとさせたような不思議な何かになっていておもしろいと思いましたね。ニューヨークのパンクジャズみたいものも感じたし、エネルギーがぐつぐつ煮立っているような感じもありました」

――円城さんが自分の詩をポストカードにして店に配ったり、電話ボックスに貼って回ったりしていたのもそのころ?

山崎「もう少し後ですね。小さなライブハウスでやるのもいいんだけど、もう少しいろんな人に届ける方法ってないのかな?と考えてたんですよ。詩集を出したときも、通常のように販売するのではなく、等価交換というやり方で出しました。エネルギーが内側に向いてるのはつまらないなと思って、それで路上演奏をやるようになったり」

――自分のことを知っているお客さんを前にライブをやるのではなく、自分のことを知らない人たちにどうやって言葉や音楽を届けるかということですね。

山崎「出会い頭の事故を起こすというか、イレギュラーを起こすというか。そういうことを90年代からやってきました。青柳くんも記録で入ってくれてたんですよ」

青柳「そうそう。円城さんのゲリラ活動をビデオカメラで撮影していた時期があったんですよ。僕自身、円城さんにシンパシーを感じていた部分もあったので」

山崎「青柳くんとは感性が近いところがあって、そこからBOOKWORMが始まっていくんです」

※現在まで続くリーディングイベント。1997年に山崎と青柳で立ち上げられ、現在は山崎が主催

――話が前後すると思うんですが、円城さんが路上でタギングをやっていたのはいつごろですか?

※マーカーやスプレーなどで街の壁などに自身のサインやマークなどをペイントする行為。グラフィティの一形式ともされる

山崎「大学に入ったころです。ノートの中だけで自分の言葉を綴っていると、〈乾いていく〉ような感じがしたんですよ。何か違うなと思って、路上で描き始めました」

――言葉を使う表現としては文学や詩、ラップがあるわけですが、タギングやスポークンワードに向かっていったのはなぜなんでしょうか。

山崎「うーん、そうですね……文学だと何か言葉の向きが違う感じがするんですよ。BOOKWORMにもよく来てくれた作家の滝口悠生くんと車で旅をしたことがあるんですけど、悠生くんは〈言葉という水をリアルに膨らませるのが小説で、それを極限まで削ったものが円城さんの詩だ〉と言ってましたね」

――おもしろい例えですね。

山崎「言葉って経年する石だと思っていて、石をいくつか置くことで詩になるんです。言の葉を散らすように、たくさんの言葉をラップするのもいいんですが、説得力があれば一言で十分だと思っているんですよ。多くを語るのにたくさんの言葉はいらない。だから、僕がやろうとしていることは文学やラップとも違うんです。物語というより、念仏に近いかもしれない」

 

詩と日本の音楽シーンの知られざる関係

――BOOKWORMはどのように始まったのでしょうか。

山崎「当時、青柳くんとは家がすごく近かったんですよ。〈コーヒーでも飲もうよ〉という感覚でお互いの家を行き来していました」

青柳「そういうなかで〈お互いが好きな言葉を持ち寄る場があったらおもしろいよね〉というアイデアが出てきて。直接的なきっかけになったのがミヒャエル・エンデが言っていた〈人は好きなことを語るとき、とても上手く魅力的に語ることができる〉という言葉で」

※ドイツの児童文学作家。代表作は「モモ」「はてしない物語」など

山崎「DJは自分の好きな音楽をみんなと共有するわけじゃないですか。それを言葉でできないだろうか?という発想もありました。言葉を共有し、知とポエジー(詩情)を共有するイベントをやろうと」

――演者と聴き手という関係性があるわけではなく、誰もが言葉を読める場であり、共有できる場所というイメージ?

青柳「そうですね。シェアし合う場というか。言葉を読む方はその言葉に対して愛情があるので、自然とピースな場になるんですよ」

――BOOKWORMが始まったころ、リーディングのイベントって都内でも結構やっていたんでしょうか。

青柳「よくやってましたね。〈詩のボクシング〉※1が始まったのも同じころだと思います。ちょうどそのころ、言葉と詩にあらためて注目しようというムーブメントがあったんですよ。ビートジェネレーション※2の特集を雑誌が組んだり、そういうなかで詩を読むイベントがいくつか始まったり」

※1 リング上で自作の詩などを朗読し、どちらの表現が観客に届いたか競い合うイベント。谷川俊太郎、ねじめ正一、島田雅彦などが出場
※2 1940年代後半から1960年年代にかけ、アメリカで起こった文学運動。代表的な作品はジャック・ケルアック「路上」、アレン・ギンズバーグ「吠える」など

山崎「ポエトリースラム※1をやってる人たちもいましたし、キーボーディストのSWING-Oさん※2は〈開口一番〉というイベントをやってましたね。そこではSWING-Oさんたちのバンドがスポークンワードのアーティストとセッションをしていました」

※1 ポエトリーリーディングおよびスポークンワードの競技会。1984年にシカゴで始まったものが起源とされ、2015年からはポエトリースラムの日本大会〈ポエトリースラムジャパン〉が開催されている
※2 SWING-O a.k.a. 45。2000年代初頭からオープンマイクのイベント〈開口一番〉を主催。〈言葉に関するパフォーマンスであればなんでもOK〉という間口の広いイベントだった

――〈詩のボクシング〉などはよく知られていますが、90年代から2000年代にかけてのポエトリーリーディングとクラブカルチャーの関わりはあまり語られないですよね。

山崎「スポークンワードの歴史を語るとしてもだいたいアメリカのことが中心で、日本のことはそれほど語られないですよね。ポエトリーリーディングは総じてラップに吸収されちゃった感じもあるし。僕の音楽も海外ではヒップホップのカテゴリーに入れられるんだけど、日本だとよくわからないものになっていると思います」

――円城さんご自身、自分がやっている音楽はヒップホップではないという意識があるんでしょうか。

山崎「ヒップホップの定義によると思うんですけど、まあでも、ヒップホップでいいんじゃないかなとは思っています……最近は(笑)。そういえば、僕は川崎の南部出身なんですけど、BAD HOPのメンバーのひとりの親が、高校の同級生だと教えてもらいました」

――えっ、そうなんですか!

山崎「僕のころはラップがまだ聴き慣れない時代でしたけど、社会の不条理に対して放つものが言葉やマイクだったというのは、今の川崎の子たちと同じだとは思います」