唯一無二のユーモア
ファースト・シングル“Manchild”をはじめ、多くの楽曲にはカントリーやフォークの要素があちこちに散りばめられている。いまや彼女のトレードマークのスタイルとして前作で完成された、ため息混じりのウィスパー・ヴォイスやセクシーな声色もたっぷりだ。一方で、セカンド・シングル“Tears”や“Sugar Talking”“Never Getting Laid”においては、フィリー・ソウルや初期ドナ・サマー、往年のユーロ・ディスコを思わせるエレメントも多数。彼女にとっての新境地と言えるだろうか。70年代のバカラの“Yes Sir, I Can Boogie”やフランス・ジョリの“Come To Me”、もっと最近ではカルヴィン・ハリスがジャスティン・ティンバーレイク×ホールジー×ファレルと組んだ“Stay With Me”あたりを彷彿とさせるお色気チューンで、薄いヴェールに覆われた淡いエロティシズムで悩殺する。かと思えばファンキーな“House Tour”ではマイケル・ジャクソンを思わせるアレンジが施され、メリー・ジェーン・ガールズの80年代のヒット曲“In My House”を引用するなど、遊び心が満載だ。
遊び心といえば、アルバム全編にはサブリナならではのセクシーなブラック・ユーモアもひっきりなしに顔を覗かせる。〈家の中を見ていかない?〉と誘い掛ける“House Tour”では〈1階、2階、3階まで案内するわ、中に入って、でも後からはダメよ〉と下ネタをちゃっかり投下。元カレに向かって〈怒ってなんかないの、いまもあなたが好きよ〉と歌う“Never Getting Laid”では、〈ずっと幸せに暮らしてください、そしてあなたが永遠に誰ともセックスできませんように〉との捨て台詞で呪いをかける。ウィットに富んだサブリナらしさが全開だ。そういえば、本作のジャケ写真が女性蔑視だと非難された際にも、すぐさま異なるジャケを公表して「神様に認可されたニュー・ヴァージョンよ」とコメント。唯一無二のユーモアのセンスを炸裂させる。
本作について彼女は〈これは失恋パーティー、落胆のお祝いよ〉と説明。これが前作からのヒット曲“Please Please Please”のMVで共演した俳優バリー・コーガンとの破局を指しているのかどうか気になるところだが、私生活の出来事にインスパイアされているのは間違いない。その作曲スタイルは、もちろん彼女が8歳の頃から憧れてきたテイラー・スウィフトから受け継いだもの。そして、そのテイラーの直近ツアーや新作『The Life Of A Showgirl』にゲストとして招かれる一方、単独では10月末〜11月にNYのマディソン・スクエア・ガーデンで5公演、LAのクリプ・ドットコム・アリーナで6公演を開催する。上昇気流に乗ってますます舞い上がりそうな彼女だが、サブリナ主催の失恋パーティーはまだ始まったばかり。紆余曲折を経つつ、これからさまざまな景色を見せて驚かせてくれるに違いない。 *村上ひさし
サブリナ・カーペンターの近作。
左から、2024年作『Short n’ Sweet』、2022年作『emails i can’t send』(共にIsland)
左から、ドリー・パートンの80年作『9 To 5 And Odd Jobs』(RCA)、フリートウッド・マックの77年作『Rumours』(Warner Bros.)、アバのベスト盤『The Singles-The First Fifty Years』(Polar)