ピアニスト高橋悠治の名演を収録した『サティ:ピアノ作品集』『ケージ:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード』。名盤2作にORTマスタリングが施され、原音に忠実なハイレゾ音源を収録したSACDハイブリッド盤で、タワーレコード限定でリリースされた。

サティブームを起こした高橋による前者は1976年と1979年の録音で、サティの没後100年にあわせて選ばれた作品。プリペアドピアノの記念碑的楽曲を演奏した後者は1975年の録音で、1969年に録音された黛敏郎“プリペアド・ピアノと弦楽のための小品”も特別収録し、白石美雪の新規解説を封入している。

こだわり抜かれた音質が魅力である今回の復刻について音楽批評家・大西穣に論じてもらった。 *Mikiki編集部

高橋悠治 『サティ:ピアノ作品集(2025年ORTマスタリング)』 COLUMBIA X TOWER RECORDS/The Valued Collection Platinum(2025)

高橋悠治 『ケージ:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード、黛敏郎:プリペアド・ピアノと弦楽のための小品<特別収録>(2025年ORTマスタリング)』 COLUMBIA X TOWER RECORDS/The Valued Collection Platinum(2025)

 

新たな命が吹き込まれ、奏者の耳に肉薄する響き

「音の知覚の新しい様式を発見すること。認識論的変革によってのみ可能な、新しい共同体への道」(「ことばをもって音をたちきれ」所収「皿の上の記憶」1974年)。

1970年代の高橋悠治を語る際、エリック・サティとジョン・ケージという西洋音楽史における2つの強烈な個性に向き合ったこと。それがどのような意味があったか一度思い起したい。疲弊した西洋の内側を食い破りながら、まだ見ぬ〈外〉へと向かうプロセスだった。60年代の欧米での前衛ピアニストとしての活動や、同世代アーティストたちとの多種多様なインターメディア的実験を経て、自らの指と耳を投じ、立ち上がる音によって世界を再構築する〈試み〉。今回のSACDシリーズ『サティ:ピアノ作品集』および『ケージ:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード』は、ORTマスタリングによってその試みに新たな生命が吹き込まれている。

これまでは、アナログレコードか、あるいはCDか、という選択肢しかなかった。個人的には、静寂を重んじる現代音楽や実験音楽の歴史的録音をレコードで聴くことには躊躇(ためら)いがあった。特有の温かみはあるものの、付随するスクラッチノイズは、鋭利な実験にノスタルジーを混入させてしまう。対して従来のCDには、デジタル黎明期ゆえの音質の限界が存在した。

特に、プリペアドピアノの録音には特有の困難が伴う。楽譜を読み解き、ピアノの弦に消しゴム、ボルト、ネジなどを挟み込む。そこで生まれる音色のコンビネーションは演奏家によって無数に存在する。その実践、演奏自体は極めて魅力的だろうと思う。しかし、近年に同作の演奏や録音に取り組んだ横山博や北村朋幹らが口を揃えるのは、〈録音よりも、その場で直接聴く方がはるかに魅力的である〉ということだった。それは、プリペアドピアノの音の放射特性が非均一であることも影響しているだろう。数本のマイクによる収音では、特定の空間や環境から生じる微細な音の重なりを捉えきれないのだ。つまり、〈奏者の耳に届いている音〉こそが最良なのではないか、という問いである。

もちろん、本盤も録音物である以上、限界はあるかもしれない。しかし、ここには奏者の耳に肉薄するかのような響きがある。ORTマスタリングによって高音域の解像度が格段に向上し、個々の音の分離が鮮明になった。プリペアドピアノが放つ微細な金属的・木質的な響きの重なりは、聴き手を〈異界〉へと誘うような感覚を与え、私にとって大きな発見となった。またサティにおいても、和声の間に漂う〈静けさ〉そのものがより深く伝わってくる。高橋のサティが、単なる機械的な正確さではなく、透徹した美学に裏打ちされたものであることが理解できる。 録音メディアの技術的進化が、作品や演奏への理解を深化させる。その驚きの余韻は、しばらく私のうちでやむことがない。

 


RELEASE INFORMATION

リリース日:2025年12月17日(水)
品番:TWSA1193/5
価格:6,380円(税込)
国内盤SACDハイブリッド3枚組

TRACKLIST
DISC 1
1. ジムノペディ I/II/III
2. グノシエンヌ I/II/III
3. 天国の英雄的な門への前奏曲
4. ジュ・トゥ・ヴー(あんたが欲しいの)
5. 冷たい小品(逃げださせる歌)I/II/III
6. 冷たい小品(ゆがんだ踊り)I/II/III
7. ノクチュルヌ I/II/III/IV/V
8. ラグ=タイム・パラード(編曲:アンス・ウルディーヌ)

DISC 2
諧謔の時代より
9.(犬のための)ぶよぶよした前奏曲
10.(犬のための)ぶよぶよした本当の前奏曲
11. 自動記述法
12. 乾からびた胎児
13. 右と左に見えるもの(眼鏡なしで)
14. 嫌らしい気取り屋の3つの高雅なワルツ
15. スポーツと気晴らし
16. 最後から2番目の思想
17. 官僚的なソナチネ

DISC 3
四手のためのピアノ作品
18. バレエ『パラード』~ジャン・コクトーのテーマに基づく1幕の現実的なバレエ
19. シネマ~《本日休演》の交響的幕間(ダリウス・ミヨー編)
20. 梨の形をした3つの小品
21. 不愉快な概要
22. 風変わりな美女

■演奏
高橋悠治(ピアノ)
水野佳子(ヴァイオリン)(13)、アラン・プラネス(ピアノ)(DISC 3)、村井祐児(クラリネット)(22)、岡崎耕治(バスーン)(22)

■録音
1976年1月28日~29日 日本コロムビア第1スタジオ(DISC 1)、1979年3月12日~13日 日本コロムビア第1スタジオ(DISC 2)、
1979年11月13日~14日 荒川区民会館、1980年1月20日 日本コロムビア第1スタジオ(DISC 3)

■Original Recordings
制作担当:川口義晴
録音担当:林 正夫

■原盤
日本コロムビア

※世界初SACD化。ステレオ録音。限定盤
※日本コロムビア所有のオリジナルマスターより2025年にハイレゾマスタリングを行いSACD化
※マスタリングエンジニア:毛利篤(日本コロムビア)
※オリジナルジャケットデザイン使用(他ジャケットを解説書に掲載)
※解説:小沼純一(2016年再発時のCOCQ-85298-300解説を転載)。解説書合計16ページ
※マルチケース仕様。盤印刷面:緑色仕様
※一部お聴き苦しい箇所がございますが、オリジナルテープに起因します(元々のマスターに入っている欠落やノイズもそのまま収録)。ご了承ください

 

リリース日:2025年12月17日(水)
品番:TWSA1196
価格:2,970円(税込)
国内盤SACDハイブリッド

TRACKLIST
1. ジョン・ケージ:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード
2. 黛 敏郎:プリペアド・ピアノと弦楽のための小品<特別収録>

■演奏
高橋悠治(ピアノ)
植木三郎(ヴァイオリン)(2)、板橋健(ヴァイオリン)(2)、江戸純子(ヴィオラ)(2)、矢島三雄(チェロ)(2)

■録音
1975年12月(1)、1969年10月(2)、日本コロムビア第1スタジオ

■Original Recordings
制作担当:川口義晴(1)
録音担当:林正夫(1)

■原盤
日本コロムビア

※世界初SACD化。ステレオ録音。限定盤
※日本コロムビア所有のオリジナルマスターより2025 年にハイレゾマスタリングを行いSACD化 (1)
※ 日本コロムビア所有のオリジナルアナログマスターテープより2025年にリマスタリングを行いSACD化 (2)
※マスタリングエンジニア:毛利篤(日本コロムビア)
※オリジナルジャケットデザイン使用(一部)
※解説:白石美雪(新規解説)。解説書合計8ページ
※ジュエルケース仕様。盤印刷面:緑色仕様
※一部お聴き苦しい箇所がございますが、オリジナルテープに起因します(元々のマスターに入っている欠落やノイズもそのまま収録)。ご了承ください