写真提供:藤枝守

よみがえる、90年代という時代の実験音楽

 いまから31年前の、あるカフェでの五日間を想い出している。高橋悠治さんが発案した〈池袋電脳カフェ〉。コンピュータやそれにつなげられたピアノやセンサーがカフェに設置され、脈絡のない音響がカフェに漂う。そして、ときおり、パフォーマンスやコンサートが織り込まれていく。〈電脳カフェ〉のイヴェントのために来た人も、たまたま通りかかった人も、見世物小屋のような雰囲気のカフェのなかでひとときを過ごす。

 〈電脳カフェ〉のプログラム冊子のなかで悠治さんは、「日常のゆらめく時間のなかに暗い電脳空間の半透明な座標軸が陽炎のように見え隠れする」と記している。日常に見え隠れする電脳空間は、30年経った現在では日常の現実を凌駕しているが、当時は、まだ、電脳空間とは、ほどよい距離感を感じていたのかもしれない。

 だれが言い出したのか忘れたのだが、〈電脳カフェ〉のためにオリジナルのカセットを制作することになり、悠治さんと僕は、それぞれ愛用していたMacintosh SEを柴田南雄宅に持ち込んで一気に即興演奏を収録。そして、〈電脳カフェ〉の会場やアール・ヴィヴァン(現在のナディッフ)の店頭でカセットが限定的に販売された。その30分あまりの音源が31年振りにCDとなってよみがえった。

高橋悠治, 藤枝守 『「電脳カフェ」のための音楽』 EM(2022)

 このCD『電脳カフェ』からきこえてくる音響のなかに、僕自身を取り巻く90年代初めの状況が封印されているように思う。1989年にアメリカから帰国するときにマックやパッチャー(のちにMAXとしてリリース)を持ち帰って即興の日々を過ごしていた。そんなときに悠治さんが1991年に企画した〈環太平洋電脳音楽会〉に出演。また、〈電脳カフェ」〉の会場となった西武美術館の〈カフェ・ポアン〉では、アール・ヴィヴァンが主催する月一回のトークイヴェント〈イヤー・フォーラム〉のホスト役をつとめていた。まさに、〈電脳音楽会〉と〈イヤー・フォーラム〉とが交差する状況が〈電脳カフェ〉を生み出したように思う。

 90年代という時代の証言者としての〈電脳カフェ〉のための音楽。いま、なにを語りかけてくるのだろうか?