パフォーマンス元年に行なわれた、坂本龍一による本というメディアの実験

 「長電話」は、1984年に坂本龍一が設立した出版社「本本堂」の最初の刊行物として出版されたものである。題名が示すとおり、高橋悠治と坂本龍一による電話を介した対話をまとめたもので、「長電話」は、その記録としての書物である。

高橋悠治, 坂本龍一 『長電話』 バリューブックス・パブリッシング(2024)

 1983年12月15日から17日にかけて、ふたりは石垣島に滞在し、宿泊したそれぞれの部屋から電話をかけ、4回の対話を行なった。しかし、たしかにそれは対話ではあるのだが、そこで行なわれたのは、いわゆる日常的な行為としての「長電話」(を目指したもの)というようなものなのである。

 たとえば、一般的には、所謂対談や往復書簡のようなものでも、何かテーマのようなものが設定され、それにしたがって相互の対話が進み、文字になる時には余計な情報は刈り込まれて、整然とした文章に編集されるものである。一方、本書では、お互いはベッドにくつろぎながら、つれづれなるままに話題を繰り出し、それがそのまま、通常の文字起こしではカットされてしまうようなノイズまでもが、いちいち擬音化されている。本を読みながらも、どこか録音された対話を聞いているような気分になる。

 それは書物でありながら、かつて坂本が言ったように、文字による映像や音声的なパフォーマンスの記録でもあるということなのだろう(さらには電話帳にもなる)。それは、本というものが、別のメディアへと変換され、かつ、メディアを横断するものにもある(本本堂はそののち、浅田彰と坂本による編集で、高橋の水牛楽団のカセットブック『休業』を出版する)という、中間領域的なメディアを標榜したものだと言えるだろう。しかも、坂本はこの本の表紙を渋谷パルコの壁に7時間かけて貼り続ける「The Grey Wall」という「メディア・パフォーマンス」も行なったのだった。

 それは、坂本が「パフォーマンス元年」と称した1984年を意識的にとらえたことで発想された、出版をとおしたメディア・ミックスの実験であった。復刊の要望がありつつも、長らく絶版であった、伝説の書物の復刊をよろこびたい。