分断された世界に投げかける平和へのメッセージ
ジャズとクラシック音楽の垣根を超えて世界的な活躍を見せるピアニスト、小曽根真。彼が1月に発表した『For Someone』を聴き始めた途端、アルバムの世界に引き込まれてしまった。そこから聴こえてくるのは、分断の続く世界に投げかけられた平和へのメッセージ。小曽根の強い思いが心に沁みる。
「今回のアルバムは、自分がこの作品を作るよう導かれたような感じがしています。アルバム用の作曲に取り掛かったのは2025年2月。いま僕はニューヨークに住んでいるのですが、その準備をするため向こうに行っている時に書き始めました。最初に書きあげたのは“アントールド・ストーリーズ”という曲。出来あがってから聴いてみたら、今までの自分とは違う曲想になっていて、〈ああ、今の僕はこんな曲を書くんだな〉と少し驚いたんです。その後、何曲か書き進めていったのですが、浮かんでくるのはそうした物語性の感じられる曲ばかり。いわゆるセッション・チューンのようなものがひとつも出てこなかった。そこでようやく気付いたのが、現代の社会状況と自分の心との関係でした。今、世界中で紛争や侵略が起きていて、ニューヨークでもパレスチナ系住人とイスラエルの人々との間で一触即発のようなデモが行なわれたり、政府の強硬措置が取られたりして不穏な空気が漂っています。そういう世の中の動きに対して、自分はすべて理性的に受け止めることができていると思っていましたし、作曲する時にもそれを意識することはありませんでした。ところが自分の中からは、現在の世界情勢が反映されたとしか思えない曲が次々に湧きあがってきて。たとえば、“アンティル・ザット・ウォール・フォールズ”という曲には、各地で見られる分断の壁に対して、〈壁は要らない!〉という僕の抗議の気持ちが映し出されていますし、“フレンズ”という曲も、人種や言語、文化を超えていこうという願いが込められています」

そうした小曽根の楽曲を演奏するのは、2022年に小川晋平(ベース)、きたいくにと(ドラムス)という俊才ふたりを迎えて結成したピアノ・トリオTRiNFiNiTY。そして、小曽根とは『ロード・トゥ・ショパン』(2010年)、『HAIKU』(2014年)という2作品でも共演していたポーランドの国民的ジャズ・ヴォーカリスト、アナ・マリナ・ヨペックが4曲にゲスト参加する。
「タイトル曲の“フォー・サムワン”はもともと、砂漠化したアフガニスタンに緑を蘇らせた中村哲さんに捧げて書いた曲。アルバム『OZONE 60』(2021年)にも収録していますが、是非ともアナに歌ってほしかったんです。中村さんの活動の根底にあった、〈誰か困っている人がいたら助ける〉という信念。その気持ちが広がれば、世界が平和になっていくと信じています。アナはこの曲に素晴らしい歌詞を添えてくれましたし、その他にも彼女のオリジナル曲とポーランド民謡でアルバムをより豊かなものにしてくれています。僕の楽曲に対しては、晋平もくにとも驚いたようです。最初のリハで音を出した時に、〈小曽根さん、今回はこういう世界観なんですか!?〉と。でもふたりともすごいですよ。僕の気持ちを汲み取った演奏で応えてくれていますし、晋平もその1週間後のリハには、アルバムの世界観に寄り添って書きあげた2曲のオリジナルを持ってきてくれましたから」
このアルバムでもうひとつ心を動かされたのは、同作が、小曽根がスタートさせたレーベル“Mo-Zone”からの第1作目としてリリースされる点だ。新レーベルの発足がジャズ・シーンを活性化してくれそうだ。
「Mo-Zoneは、ユニバーサルミュージックの協力のもと、生身の人間がその瞬間を大切にして奏でる音楽を推進していくために設立したレーベルです。『For Someone』以降も、壷阪健登のトリオ作品、No Name Horsesのメンバーでもある岡崎好朗&正典のOkazaki Brothersの作品も予定されており、国内外の素晴らしいミュージシャンをどんどん紹介していきます。こちらの展開も御期待ください」
小曽根真(Makoto Ozone)
1983年、バークリー音大ジャズ作・編曲科を首席で卒業。同年、米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム『OZONE』で全世界デビュー。以来、ソロ・ライヴをはじめゲイリー・バートン、ブランフォード・マルサリス、パキート・デリベラなど世界的なトッププレイヤーとの共演や、自身のビッグ・バンド〈No Name Horses〉を率いてのツアーなど、ジャズの最前線で活躍。
RELEASE INFORMATION
Mo-Zoneレーベル リリース・ラインナップ
2026年1月21日発売 小曽根真 TRiNFiNiTY『For Someone』
2026年2月18日発売 壷阪健登『Lines』
2026年3月25日発売 Okazaki Brothers『Blood But Blues』