©Frankie Markot

立ち止まる時間と心の平穏から改めて生まれた音楽との繋がり、自由な創作意欲、そしてより美しく自然体な自分自身の歌――原点回帰の傑作は何を物語る?

 サウス・ロンドンを拠点に活動するアーティスト/ソングライター/プロデューサーのトム・ミッシュが、2018年のファースト・アルバム『Geography』以来8年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Full Circle』を完成させた。〈ベッドルーム世代〉のプロデューサーを象徴する存在として台頭し、名実共にグローバルなスターへと一気に昇り詰めた一方で、近年の彼は常に創作の重圧や自己との対話に苦悩していたという。ユセフ・デイズとの共作『What Kinda Music』や、別名義=スーパーシャイによるクラブ・ミュージックへの傾倒を通じて表現の幅を広げてきたここ数年の動きは、同時に音楽に対する自分の気持ちを見つめ直すチャレンジでもあったのだ。

 「音楽自体は愛しているけど、規模が大きくなるにつれて重くのしかかるストレスやプレッシャーは楽しめていなかった。キャリアから一歩引いて距離を置き、他のことを探求する時期だったんだ。そこで、コーンウォールに移住して、サーフィンのインストラクターのコースを受けることにしたんだよ」。

TOM MISCH 『Full Circle』 Beyond the Groove(2026)

 毎日のように海に出て、人々と共に学び、そうした濃密なルーティンを繰り返すうちに音楽の制作方法にも変化があり、これまでのループやビートを起点としたプロダクション主導のアプローチから、ギターやピアノでの弾き語りで成立するトラディショナルなソングライティングへと移行していく。

 「ノートPCで作業して、一つ一つ構築したものを30分ごとに保存する。それまではそうやって〈トラック〉を作っていたんだ。でも今回は、ソファでギターを弾いたりしながら、たくさん〈ソング〉を作るようにした。そうすることで、もっと身体で感じられる、音楽と共に生きているような感覚が強くなっていった。ギターで弾いても、ピアノで歌っても、フル・バンドで演奏しても、どれも良いサウンドになるようなものを作ろうとしたんだ」。

 そうして出来た数々のアイデアを携えて、彼はカントリーの聖地ナッシュヴィルへと向かう。慣れ親しんだロンドンではなく、あえてナッシュヴィルを制作拠点の一部に選んだのには大きな理由があった。

 「イアン・フィチャックという素晴らしいプロデューサーと仕事をしたかったからなんだ。彼はケイシー・マスグレイヴスの“Slow Burn”という曲をプロデュースしていて、この曲を聴いたとき、現代的であると同時にクラシックな趣があって、本当に驚いたんだよ。それに実際に行ってみて気づいたんだけど、ナッシュヴィルには素晴らしいスタジオやミュージシャンが多くて、街全体にレコーディングの歴史が伝統として受け継がれている。このアルバムには明らかにアメリカの影響が感じられるんだけど、それは僕が望んでいたことでもある。70年代のアメリカン・ミュージックをずっと聴いてきたからね」。

 『Full Circle』のクレジットには著名なアーティストの客演は見当たらない。その代わりにコラボレーターの名が連ねられている。同郷のシンガー・ソングライターのマット・マルチーズ、初期段階から今作に深く関わったアダム・ジャフリーやジミー・ネイプス、もちろん前述のイアン・フィチャック。〈原点回帰〉を意味するアルバム・タイトルは友人であるソウル・シンガーのジョエル・カルペッパーとの会話から生まれたそうだ。また、父親について歌った“Old Man”や姉妹との関係を美しく綴った“Sisters With Me”などはトム自身のパーソナルな事象を歌っているようで、リスナーそれぞれの人生にも寄り添う普遍的なものだ。そこには等身大の自分であり続けようとしている姿勢を強く感じることができる。

 「アーティストとしての成長にはもう興味がないんだ。より多くの観客の前で演奏したいとは思わない。ただ、自分にとって本当におもしろいプロジェクトを作り続けたいだけなんだ。最近は友達が主催するイベントで匿名でDJしてるんだけど、いまはそれが本当に楽しい。これからもアルバムを作るたびに毎回まったく違うことをやっていくつもりだよ」。

『Full Circle』に参加したアーティストの関連盤を紹介。
左から、ケイシー・マスグレイヴスの2018年作『Golden Hour』(MCA Nashville)、マット・マルチーズの2025年作『Hers』(Tonight Matthew)、ジョーダン・ラカイの2024年作『The Loop』(Decca)、ローラ・ミッシュの2023年作『Sample The Sky』(One Little Independent)

トム・ミッシュの作品を紹介。
左から、2014年作『Beat Tape 1』、2016年作『Beat Tape 2』、2018年作『Geography』(すべてBeyond The Groove)、ユセフ・デイズとの2020年作『What Kinda Music』(Blue Note)、2021年作『Quarantine Sessions』、スーパーシャイの2023年作『Happy Music』(共にBeyond The Groove)