これまでと違うプロセスで磨き上げられた新作『What We Call Life』――社会の動きと己の人生に導かれた過去最高にチャレンジングな新作はどのように生まれたのか?
一人では作れなかったアルバム
6年前からロンドンの住人となり、甘美なサウンドとヴォーカルで現地の音楽界に斬り込むジョーダン・ラカイ。前作『Origin』から2年ぶり、ニンジャ・チューンからの3枚目となる新作『What We Call Life』は、セラピーを通して自己について学んだことを軸に、パンデミックやブラック・ライヴズ・マター(BLM)を目の当たりにして、いわく「いろいろな精神状態が混ざった」内省的なアルバムとなっている。パンデミックで多忙の状態から解放されたのも束の間、ロックダウンで家に閉じこもっていたらインスピレーションが湧いてこない状態に悩まされ、アルバムのタイトルにもそんな気分が反映された。
「人生とはこんな感じなのか?とね。一時的に恐れや不安、トラウマを抱えた人間が発する自問みたいなもの。それは悲しい内省であり、深く考えて掘り下げることでもある。流れに任せて生きるのではなく、自問することで自分の運命をコントロールしようと」。

新作で特にパーソナルな感情を吐露した曲としては、“Family”と“Clouds”が挙げられる。前者ではパンデミックで母国オーストラリアに帰郷できない辛さ、後者ではジョージ・フロイドの事件を機にBLM関連の本を読み、自身の肌の色にも考えを巡らせたそうだ。
「母国から離れて暮らすのは楽じゃない。(コロナ禍でも)イギリスに比べて規制が緩やかだったオーストラリアで家族の人生が前進していることを知ると辛い。あと、両親は自分が10代の頃に離婚していて、当時は深く考えていなかったけど、大人になってから、夫婦が別れ、子どもと離れることがいかに辛いことかわかった。それで“Family”を書いた。BLMに関しては、ソウル・ミュージックに影響を受けた音楽をやっていながら、自分はこれまでずっと無知だった。父はクック諸島出身のポリネシア系で自分は混血になるんだけど、肌が白い自分はそのことについても考えてこなかった。僕は白人が実質マジョリティなニュージーランドで生まれてオーストラリアで育ち、潜在意識的にいまだに白人が重んじられるロンドンに移った。そう思うと、〈白い肌の恩恵〉だけでずいぶん得をしてきたんだなと。それが僕の成長やアーティストしての名声にどれだけ影響してきたかを認めて公にする必要があった。それが“Clouds”なんだ」。
リリックには昨年以降の彼の心情も反映されているが、サウンドはそれ以前に出来ていたという。演奏は、スタジオ・アルバムでは初めてとなるバンドとの共同作業で、ウェールズにて録音。その後、ロックダウン期間中にラカイが最終的な仕上げを行って完成させた。
「クリエイティヴ面で惰性になっていた感覚があって、創作プロセスやサウンドを変えて挑戦したかった。思えば、初期に出した2枚のEPはほぼ自分ひとりで全パートをこなして、ロンドン移住後に作ったファースト・アルバム『Cloak』(2016年)からコラボレーションの割合を増やしてきた。いろんな人との間に良いケミストリーを持とうと、相手の才能を引き出し、感情面にも気を配りながら信頼関係を築いてきたけど、今回はそれをバンドで試したかった。バンドと作った曲は多種多様だったから、サウンドを音響面で統一すべく、一度サンプリングした上で全体像を考えて再アレンジを施したんだ。この箇所はドラムを減らしてベースを持ってこようとかね。結果、自分ひとりでは絶対に作り得なかったアルバムになった」。
未知の領域へのチャレンジ
バンドの中核メンバーとなる5人は皆、ラカイと個人的に繋がりがあり、ライヴに参加したプレイヤーもいる。ただ、いかにもなバンド・サウンドにはならず、必要な部分でバンド(楽器)の音が鳴っている印象だ。
「ドラマーのジム・マクレイはエレクトロニック・ミュージックが大好きな人で、僕の音楽にそうした面をもたらしてくれる。ギタリストのイムラーン・ペルカーはヘヴィーメタル好き、ベーシストのジョナサン・ハーヴェイはジャズ畑の凄腕、パーカッション奏者のアーネスト・マリチャルスはラテンやアフリカ音楽を演奏する(もう1人は鍵盤奏者のクリス・ハイソン)。そんな多彩な顔ぶれによって、ハッピーでポップな曲からレディオヘッドっぽいダークな響きの曲まで、さまざまな場所を巡る旅のようなミクスチャー感覚のあるアルバムになったんだ」。
むろん、そうした多面性はラカイ自身にもあり、それは選曲したコンピ『Late Night Tales』やダン・カイ名義でのディープ・ハウス系アルバム『Small Moments』などからも感じ取ることができた。ただ、彼の音楽は、『Blue Note Re:Imagined』(2020年)に提供したドナルド・バード“Wind Parade”のカヴァーがしっくりきたように、70年代の音楽をベースにしている印象が強い。ところが今回、アップテンポの“Illusion”や“Send My Love”などには80年代的なポップネスが感じられる。
「まさに。“Illusion”は犬の散歩中に音楽を聴いていたらポリスの“Every Little Thing She Does Is Magic”が流れてきて、自分もこういう楽しいコーラスをやりたいなと思って携帯にメロディーを録音して、曲に反映させた。ポリスに影響された曲にしたかったし、ヴォーカル面では明らかにスティングの影響を受けた。これまでメロディー面での影響は主に70年代の音楽やモダンなR&Bだったけど、新作に関しては80年代にインスパイアされた。特に“Illusion”のヴァースには、メロディー面でこれまで僕がやってきたこととはかなり違う要素が含まれている。ヴォーカル面でも、声域もいちばん低いところからいちばん高いところまで駆使したし、叫び声から柔らかな歌声までやった」。
こうして趣を変えたのは、ロックダウン中に家の中でふざけて歌っていたら夫人に〈メロディーの部分でもっと冒険すべきだし、未知の領域に乗り出して、聴き手にも新たな体験をさせるべき〉と言われたことが発端だったという。とはいえ、裏声を交えたヴォーカル/ハーモニーの美しさは相変わらずで、アンビエンスを湛えたネオ・ソウル的な楽曲は、かねてより感じられたルイス・テイラーに共通するムードを発している。
「ルイス・テイラーはとてもいい比較対象だと思う。彼はグルーヴを基盤とするソウル・ミュージックをやっていたけど、エレクトロニックやサイケデリック、時にはロックからの影響も含めていた。そこは自分と同じだ。僕はマーヴィン・ゲイもスティーヴィー・ワンダーも聴くけど、同時にフローティング・ポインツやジョン・ホプキンス、フランク・ザッパやピンク・フロイドも聴く。今回のアルバムにも、それらの影響が奇妙な形で混在しているんだ」。
2020年のコンピ『Blue Note Re:imagined 2020』(Blue Note)
ラカイの世界と近年の参加作品を紹介!

EPリリースやディスクロージャーへの客演などを経て登場した初のフル・アルバム。ネオ・ソウル的な情緒にジャズやレゲエの意匠も備えたマイルドな作りで、ジム・マクレイやイムラーン・ペルカーら現バンド構成員に加え、アルファ・ミストらが演奏陣に名を連ねている。

JORDAN RAKEI 『Wallflower』 Ninja Tune/BEAT(2017)
ニンジャ・チューンに移籍しての2作目。引き続きジム・マクレイらの助力も得ながらセルフ演奏の領域が広がり、品のいい歌い口と共に内省を深めている。デイヴ・オクムがギターを弾くトラディショナルな“Nerve”やダビーなスカ“Clues Blues”などリズミックな楽曲が良好。

JORDAN RAKEI 『Origin』 Ninja Tune/BEAT(2019)
バンド・メンバーとのコライトも含め、全体的に開放感のある意匠でポップな方向に揺り戻した3作目。心地良いメロディーの螺旋を繊細な歌声で描いた“Say Something”や“Oasis”、シンセ・ブギーの“Rolling Into One”などオーセンティックな作りの中で個性が光る。

ラカイのレーベルメイトでもあったロンドンの敏腕ドラマー。前年の『The Self』で3曲に起用されたラカイはこちらでも5曲に登場。ジェイムスズーを交えた幻想的な“Celestial Blues”などパーツ的な出番が多いなか、クールに歌う“Show Me What You Got”が聴きもの。

BARNEY ARTIST 『Home Is Where The Art Is』 Salute The Sun/ASTROLLAGE(2019)
Mrジュークスとのタッグ作も出したばかりの彼は、ラカイやトム・ミッシュと〈Are We Live〉コレクティヴを推進したロンドンのラッパー。90sジャジー作法で固めたこの初作では、“Merchants”と日本盤ボートラの“I'm Going To Tell You”(2016年)でラカイが歌う。

先だってアンタイと契約したロンドンのマルチなクリエイターで、ラカイの1~2作目でも演奏陣に名を連ねた〈Are We Live〉仲間によるセカンド・フル・アルバム。前作『Antiphon』(2017年)に続いて駆けつけたラカイは“Door”でスピリチュアルな歌声を挿入している。

LOYLE CARNER 『Not Waving, But Drowning』 AMF/Virgin EMI/HOSTESS(2019)
デビュー作で大きく飛躍したロンドン出身MCが音楽性の幅を広げた2作目で、クウェズやトム・ミッシュらと並んでラカイは6曲ものプロデュースを担当。ラカイ自身も歌うアルファ・ミスト演奏の“Ottolenghi”、ジョルジャ・スミスを迎えた“Loose Ends”などがいい感じ。

TOM MISCH, YUSSEF DAYES 『What Kinda Music』 Beyond The Groove /Blue Note/Caroline(2020)
盟友トム・ミッシュと、ユセフ・カマールで知られるドラマーによるメロウなタッグ作品。トムの『Beat Tape 2』(2016年)でも絡んでいたラカイは、フレディ・ギブスがラップする“Nightrider”でコライト/バック・ヴォーカルを担うほか、日本盤に収録のリミックスも手掛けている。

VARIOUS ARTISTS 『Late Night Tales:Jordan Rakei』 LateNightTales(2021)
クリス・ハイソンの在籍するスノーポエトなど身近な仲間たちの楽曲も多めにセレクトされた深夜帯ミックス・コンピ。ジェフ・バックリィとレディオヘッドのカヴァーなどラカイ自身による3つのエクスクルーシヴのほか、彼が客演したモアトンの“Count A Heart”も初出となる。