GOT A GOOD THING GOING
ジャクソン5の物語はモータウンから始まった――規格外の成功を収めると共に幼いマイケルが多くを学んだ最高のスクールは最高の音楽を残してくれている!
69年10月に発表されたジャクソン5のデビュー・シングル“I Want You Back”は、翌70年1月に全米総合チャート/ソウル・チャートの両方で首位を獲得。人種を選ばずアイドル的な人気を集めた彼らの明るい姿は、ベリー・ゴーディがモータウンに掲げた〈Sound Of Young America〉の理想を体現するものだったのかもしれない。ともかく、レーベルが総力を上げたグループとマイケルの鮮やかな快進撃はここから始まった……というところまでは前号で書いた通りだ。
デビュー曲の成否を待つまでもなく録音されていたセカンド・シングル“ABC”は70年2月にリリース。5月には3枚目の“The Love You Save” 、8月には4枚目の“I'll Be There”。すべて総合チャートとソウル・チャートの両方で1位を獲得している。これによって彼らはデビューから4曲連続でNo. 1シングルを獲得した最初のグループとなり、同じ年に4曲連続で総合No. 1ヒットを獲得した最初の黒人男性グループとなった。〈ジャクソンマニア〉と呼ばれたファンの熱気には凄いものがあったようで、70年6月にカリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムで公演した際には当時としては規格外な約19,000人ものファンを集めたという(さらに数千人が集まっていたが、収容制限のため入場できなかったそうだ)。現在のように大規模なコンサートなどが常識ではなかった時代に、それは当時の記録的な興行収入を上げることになる。モータウン社長のベリー・ゴーディは、トップスターのダイアナ・ロスによるTV特番なども活用し、まさに会社を挙げて新たなスターの人気拡大を図っていった。
シングルの連続記録が途切れてからも人気は継続され、“Mama’s Pearl”や“Never Can Say Goodbye”“Sugar Daddy”などが立て続けにTOP 10ヒットとなった。その人気に乗じてマイケルは71年に“Got To Be There”でソロ・デビュー。72年には三兄ジャーメインもソロ・デビューでヒットを飛ばし、マイケルの“Ben”はソロで初の全米1位を獲得している。
それでも、〈バブルガム・ソウル〉を標榜した彼らの風船が弾けるのは予想以上に早かった。熱しやすく冷めやすいのがティーン・アイドルの宿命ではあろうが、とりわけ熱狂的な人気を集めたマイケルは小さくて可愛い少年が大人顔負けの歌とダンスを披露する姿を愛されていたわけで、そうした幼さを楽しんでいたファンたちが望む以上に、少年たちの成長スピードは早かったのかもしれない。それに前後して73年頃にはもう変声期が訪れていた。背が伸びて大きくなった姿を驚かれて嫌な思いをすることも多かったそうだが、それにも増して思うように歌えなくなるというのは、幼い頃から完璧主義を叩き込まれていたマイケルにとって苦痛だっただろう。
また、それとは別の問題として、いつまでも与えられた子どもっぽい曲ではなく、自分たちで楽曲を作って披露したいというのは兄弟の共通の不満としてあったようだ。実際にモータウンでもスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイのように曲作りやプロデュースの権利を獲得している先人もいたわけだが、構築されたシステムでクオリティ・コントロールして成功してきた自負のあるベリーにとってそこは許可できない部分だったのだろう。とは言いつつ、当のベリーは次の野望である映画界への進出に情熱を注ぐようになっていて、いつしかコーポレーションも解体した彼が直接ジャクソン5のレコーディングに関わることもなくなっていった。また、父のジョセフはマネージャーとして制作現場で蚊帳の外に置かれるのを快く思ってはおらず、さらには得られる印税の低さもあってレーベルへの不満が高まっていった。その結果、彼は独自にラスヴェガスなどでジャクソン・ファミリーの興行をプロデュースし、ジャクソン5だけでなく末弟のランディや姉妹たちも動員して活動していくことになる。その裏で、73年にベリーの娘であるヘイゼルと結婚したジャーメインは徐々に難しい立場に置かれていくことになったようだ。
不満を溜めながらもレコーディングを続けるなかで、ディスコ・ブームの到来に先駆けた74年のシングル“Dancing Machine”は久々に全米2位という大ヒットを記録する。それでも状況は変わることなく、ジョセフは独自に他のレーベルとコンタクトを取っていた。やがてジャクソン5は記者会見を開いてモータウンからの離脱を発表。そこに従わなかったジャーメインを置いてCBS系列のエピックに移籍することになる。それはさておき、もっとも身近な憧れのミュージシャンとしてジャーメインを見てきたとされるマイケルにとって、その別離は大きな転機だったに違いない。
時は流れて83年3月25日、モータウンの歴史を祝うTV特番「Motown 25: Yesterday, Today, Forever」が収録された。その同窓会的な番組をプロデュースしたのは、かつてジャクソン5の面倒を見ていたアシスタントで、モータウンの映像部門でトップになっていたスザンヌ・ドゥ・パッセだ。ここでマイケルが新曲の披露を条件に出演をOKし、“Billie Jean”でムーンウォークを披露したエピソードは有名だろう。映画ではサラッと描かれていたが、ベリーの目の前で、美しい思い出を過去へと追いやり、自分で書いた圧倒的な楽曲の力を見せつけることにこそ意味があったのは確かだ。ただの無垢な求道者じゃなく、そういう負けん気の強さをクリエイティヴの原動力に変えてきたあたりがマイケルの好きなところだとも改めて思うのである。
モータウン時代のマイケル・ジャクソンとジャクソン5の楽曲を集めた日本独自ベスト盤『Michael Jackson & Jackson 5 -The Best-』(ユニバーサル)