©Wiener Philharmoniker / Niklas Schnaubelt

4月から東京交響楽団の音楽監督にも就任し大きな話題を捲いている注目の若手指揮者ロレンツォ・ヴィオッティ、サマーナイト初登場!

 今回のサマーナイト・コンサートの主役の一人、ブリン・ターフェル。卓越した歌い分け・演じ分けに定評のある彼だが、この日のステージでもその圧倒的な手腕を遺憾なく発揮していた。

LORENZO VIOTTI, VIENNA PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ウィーン・フィル・シェーンブルン・サマーナイト・コンサート2026』 Sony Classical(2026)
LORENZO VIOTTI, VIENNA PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ウィーン・フィル・シェーンブルン・サマーナイト・コンサート2026』 Sony Classical(2026)

 彼が披露した曲目は、実にバラエティに富んだ計4曲。特筆すべきは、その鮮烈なキャラクターの対比だ。ボイトの歌劇「メフィストーフェレ」の“俺はすべてを否定する悪魔だ”と、ヴェルディ「ファルスタッフ」の“おい! 小僧!……ぬすっとめ!”では、似ているようで全く異なる〈悪役〉を鮮やかに歌い、演じ分けている。かと思えば、ワーグナーの楽劇「ラインの黄金」よりヴォータンのモノローグ“夕日があたりを照らし出す”ではうっとりとするような豊かで包容力のある声色で主神ヴォータンを厳かに歌い表し、一転してジェリー・ボックのミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」より“もし私が金持ちだったなら”では、少しお茶目で人間味あふれる表情を覗かせる。

 イヤホンを通して聴いているだけにもかかわらず、彼の表情を容易に想像することができ、思わずクスッとしてしまったり。

 その場にいずとも、聴き手をいとも簡単にその世界へと引き込んでしまう彼の実力が、このライヴ録音で存分に堪能できる。

 そのターフェルを支えるのが、今年度より東京交響楽団の第4代音楽監督に就任した指揮者ロレンツォ・ヴィオッティ率いるウィーン・フィルの、重厚で深みのある音色だ。広大な野外空間での録音にもかかわらず、決して散漫にならず、豊かな密度を保って迫ってくる。

 これまで幾度かウィーン・フィルの指揮台に立っている若きマエストロだが、サマーナイト・コンサートは初登場。歌劇、バレエ音楽、管弦楽曲、ミュージカル、舞曲(ワルツとラテン!)と目まぐるしく移り変わる曲想を、それぞれオーケストラに鮮やかに体現させている。

 そのウィーン・フィルの魅力は、第1曲目に演奏されたスッペのオペレッタ「軽騎兵」序曲から全開だ。冒頭、ウィーン・フィル独特の伝統楽器群が奏でるファンファーレが響き渡り、緩徐部へと移ると、今度は同団の真骨頂である弦楽器群の重厚な音色に包み込まれる。ライヴ録音といえども、その場にいるかのような生々しい空気感は一切褪せることがなく、聴き手を一気に非日常へと誘うワクワクするような幕開けだ。

 その弦楽器群の深みのある響きは、フローレンス・プライスの“アドレーション”でも存分に生かされている。もともとオルガン曲として書かれたこの作品だが、今回の弦楽編曲版では、オルガンソロの響きとは全く異なる、大勢の奏者が呼吸を一つにして演奏する濃密な〈一体感〉を味わうことができる。

 コルンゴルトの“シュトラウシアーナ”では、また一味違う一体感を楽しめる。〈場面転換〉を思わせるイントロからピッチカートが軽快なポルカへ。金管セクションによる短いファンファーレに続く優雅なマズルカでは、それに合わせて思わず身体を揺らしたくなる。そして、少々不穏な導入から一転して現れる優雅で雄大なワルツ。ワルツの国ならではの華やかさが、録音を通してもなお鮮やかに伝わってくる。

 アンコール1曲目の“ティコ・ティコ・ノ・フバー”で、アルバムの空気は一変する。 格式高いクラシックの最高峰であるウィーン・フィルによるラテン音楽。これもまた、彼らの一味違う魅力を堪能できる。 弾けるような打楽器群と管楽器の鮮烈なトリルが火をつけ、フルートがラテンの色彩豊かなメロディを軽やかに歌い上げる。踊るように指揮をするヴィオッティの姿が今でも忘れられない。音源を聴いているこちらも思わず身体が動き出すような躍動感に満ちており、これまでのプログラムの雰囲気を一掃する。

 そしてお馴染み、ヨハン・シュトラウス2世の“ウィーン気質”である。

 ウィーン・フィルの十八番であるこの曲を、これ以上ないほど小粋に、そして伝統に裏打ちされた絶妙なルバートで見事に聴かせてくれる。

 ライブ録音ならではの臨場感、そして一期一会の高揚感が、ディスクを通してありありと伝わってくる。

 あの日のワクワク、そこに集う人々の高揚感がそのまま瞼の裏に浮かんでくるような一枚。実際にあの場にいた身として言えるのは、この一枚があの熱気をかなりリアルに蘇らせてくれるということ。

 何度でも聴き返したくなる、そんな一枚だ。