ムーティの強いメッセージが世界90カ国の聴衆を魅了したニューイヤー・コンサート
「私たちが世界中にお届けしたいのは、美しい音楽だけでなく、〈希望〉と〈平穏〉への想いです」。ニューイヤー・コンサートに先だって開かれた記者会見で、ムーティはこう語りかけた。1939年大晦日から続く長い歴史のなかで、初となる無観客公演への強い決意を述べたのだ。そして迎えた1月1日。プログラムはスッペの“ファティニッツァ行進曲”から始まった。美しい黄金のホールに観客はいないけれど、世界中から7000人の聴衆がインターネットを通じて拍手を送る。何もかも〈初〉の試みだが、ムーティ&ウィーン・フィルという最強のコンビは、優雅でありながら力強い響きで世界90カ国以上の聴衆を魅了した。
RICCARDO MUTI,VIENNA PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ニューイヤー・コンサート2021』 Sony Classical(2021)
15曲のプログラムのうち、今年の初演奏は7曲。ツェラーやミレッカーの曲や、プラハ生まれのカレル・コムザークの“バーデン娘”などの珍しい曲。第2部には“春の声”や“皇帝円舞曲”などウィンナ・ワルツの王道が並ぶ。ムーティはこのプログラミングについて、「イタリアとオーストリアの古くからの文化の結びつきを表現したい」と述べている。弟ヨーゼフの“マルゲリータ・ポルカ”やヨハン1世の“ヴェネツィア人のギャロップ”、そして“新メロディ・カドリーユ”は、ヴェルディやドニゼッティ、ベッリーニなどのオペラのメロディが散りばめられており、ムーティならではの選曲だ。またスッペが2曲入っているのは、彼は若い頃にクレモナやパドヴァで音楽を学んでおり、イタリア風の名前も持っていた。ムーティは 「スッペは自分を半分イタリア人と感じていた」と語っている。曲が進むにつれて熱を帯び、ムーティらしい緻密で洗練され、ニュアンスに富んだ演奏が続く。無観客だからこその、凝縮され覇気に満ちた堂々たる演奏。アンコール曲の合間に、ムーティは演説を行った。「音楽はエンターテイメントだが、社会を良くする使命を持っている。音楽は深い思考をもたらし、心の健康を助けてくれる」。今年のニューイヤー・コンサートには、ムーティとウィーン・フィルの強いメッセージが込められているのだ。