桑田佳祐が語ったサザンとKUWATA BANDの関係性
その一方で、アルバムは英語詞と硬質なロックサウンドによってまったく違う表情を見せている。 シングルのように楽曲としての良さを強調するよりも、ロックバンドとしてのダイナミズムや一体感に重きを置いているのは明らかだ。こちらもオリコンのアルバムチャートで4週連続1位を記録している。
平たく言えば、シングルでは日本語のキャッチーなポップス、アルバムでは英語による本格的なロック、両者をそれぞれ別の方向へと潔く振り切ったのである。そして、その振れ幅を良くも悪くもそのまま抱え込めてしまうことに、KUWATA BANDというバンドの特殊性があったのではないだろうか。
もっともアルバムに関しては当時から批判の声も多く、のちに桑田自身も〈失敗作〉と語っているようだ。だが、ここで英語詞のアルバムという極端な実験に取り組んだからこそ、後年のソロにおける“東京”のような文学的叙情や、“声に出して歌いたい日本文学〈Medley〉”のような発想が生まれたようにも思える。
とにもかくにもKUWATA BANDには、長期的なビジョンをさほど考える必要のない学生の部活動のような、限られた時間のなかで思い切り好きな音楽に打ち込む刹那の楽しさがあったように思う。考えてみれば、そんなプロのロックバンドはそうそういない。
なお桑田本人は1987年刊行の自著「ブルー・ノート・スケール」の中でサザンとKUWATA BANDの関係性についてこう語っている。「ホントに不倫だったみたい(笑)。一緒にいると幸せだけど、どっちかと別れるとか言うとすべてオシャカになっちゃうから、それは言わないでとりあえず取っといて走れるだけ走ってみよう、みたいな」。いかにも桑田らしいたとえで面白い。
ところで、この原稿を書いている最中にふと気がついた。4枚のシングルを並べてみると、“スキップ・ビート”を除く3曲の歌詞には、すべて〈夏〉が登場するのである。それもただの夏ではない。
1枚目の“BAN BAN BAN”では〈別れるために出逢う二人に/夏は訪れる〉。7月に“スキップ・ビート”と同時発売された“MERRY X’MAS IN SUMMER”では〈恋は真夏のHistory〉。そしてラストシングルの“ONE DAY”では、〈夏にお別れ今宵Oh, poor boy.〉と歌われている。つまりリリース順に聴いていくと、夏の始まりから盛夏、そして終りという時間の経過が描かれているのだ。それはまるで、自らの定められた活動期間を一つの季節として表現しているようではないか。もちろん桑田がどこまで意識していたのかはわからないけれど、どうにも出来すぎているような気もする。


