ループするヴォーカル・フレーズのレイヤーと生命力に満ちた言葉が溶け合った時に立ち上がる幻想性――聴き手の想像力を刺激してやまない傑作がここに誕生!

 名演名唱と共に色彩とパッションを飛び散らせてきたEGO-WRAPPIN’。そのフロントに立つヴォーカリストの中納良恵が前作『ソレイユ』から7年ぶりとなる新作ソロ・アルバム『窓景』を完成させた。いささか唐突なリリースという印象を受けるかもしれないが、ギタリストの森雅樹との共作を核とするEGO-WRAPPIN’の音楽世界に収まりきらない彼女の創作意欲は、実験と熟成を重ねながら、ソロ用の楽曲制作にも断続的に向けられていたということだ。

 「ソロ用の楽曲制作の大きな刺激になったのは、7年前の前作『ソレイユ』のツアー中に手に入れたサンプラーですね。自分のヴォーカル・フレーズを重ねて遊んでいるうちに、コードではなく、そのメロディーやハーモニーで曲作りをする楽しさに気づいたんです」。

中納良恵 『窓景』 トイズファクトリー(2015)

 去る10月に行われたソロ・ライヴでも、その場でヴォーカル・フレーズをサンプリング、ループさせ、そのレイヤーによって、魔法のように楽曲を生み出してみせた彼女だが、シンガー・ソングライターとしてのパーソナルな世界を研磨し、洗練させた『ソレイユ』のオーソドックスなソングライティングから創造力を解き放ったことで、その楽曲は美しい風景そのものとなった。

 「ただし、私のなかには、声とサンプラーを活かした新しい曲作りと、例えば、“濡れない雨”のように、コードを探しながら形にしていくオーソドックスな曲作りが両方存在するので、今回はその二つの要素を両立させるために、エンジニアの中村ただしさん、ドラムの菅沼(雄太)君にアルバムを通して参加をお願いしたんです。〈やりたいことをやったほうがいい〉とアドヴァイスしてくれた彼らの存在は私にとって心強かったですね」。

 密林のなかでゴスペルとビートボックスが出会ったかのような先行配信シングル“あのね、ほんとうは”から、声ネタ使いのクリック・ハウスをディスコ・ポップに移築した“SCUBA”。はたまた、多重コーラスを織り込んだボールルーム・ジャズ“Talk To You”から電子音やコーラスを散りばめたジャジーなプログレッシヴ・ポップ“四角のトモダチ”、ニュー・ミュージックの幻の名曲が甦ったような“濡れない雨”まで、本作収録の全12曲では彼女の豊かな音楽性と先鋭的な感性が見事に共存。そこには、ハナレグミとのデュエット“beautiful island”や坂本慎太郎が歌詞を手掛けた“写真の中のあなた”という2曲の注目すべきコラボレーションも含まれている。

 「“beautiful island”に参加してもらった永積(タカシ)君はギターを弾きながら歌う形でのゲスト参加は意外にも初めてだったらしいんですよね。でも、永積君のギターは歌いながら弾く人らしいプレイだから、絶対合うんじゃないかなと思ったんですよ。それから尊敬する坂本さんに作詞をお願いした“写真の中のあなた”は、〈ここの譜割は2文字なのか3文字なのか〉っていう繊細なやり取りを経て、奥行きや深みのある曲になりましたね」。

 日々を前に進めてゆく確かな生命力に満ちた彼女の歌詞世界が根差しているのは血の通った日常だ。しかし、その言葉が魔法のような音と溶け合った時、日常のスケッチはマジックリアリズムのような、ある種の幻想性を帯びて、聴き手の想像力を強く刺激する。

 「家での曲作りの最中やスタジオでのレコーディング中に、よく窓から外を眺めていたこともあって、風景を切り抜く窓の存在はおもしろいなと思ったんです。屋外から見ても、その風景は違うし、自分の心情によって見え方が変わるじゃないですか。『窓景』というタイトルを付けたこのアルバムも同じだと思うんです。どう見えるかはその人次第。その風景の広がり方は聴く人に委ねてみてもいいかなって」。

 

▼『窓景』に参加したアーティストの作品

左から、ハナレグミの2013年のカヴァー集『だれそかれそ』(スピードスター)、坂本慎太郎の2014年作『ナマで踊ろう』(zelone)
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▼中納良恵の関連作/直近の外部参加作品

左から、中納良恵の2007年作『ソレイユ』、EGO-WRAPPIN’の2013年作『steal a person’s heart』(共にトイズファクトリー)、高木正勝 × 中納良恵 × 中村達也 × 森本千絵の2014年作『Bibliophina』(felicity)、Yuji Ohno & Lupintic Fiveのニュー・アルバム『UP↑ with Yuji Ohno & Lupintic Five』(バップ)、半野喜弘が手掛けた2014年のサントラ『真夜中の五分前』(ランブリング)
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