土の香りを吸収してきた二人が奏でる、東京フォルクローレ
畠山美由紀と藤本一馬による初のアルバム『夜の庭』のタイトルは、2曲目の同名曲から取られている。作詞:畠山美由紀、作曲:藤本一馬による共作曲だ。ギターとチェロ、パーカッションによる、木の響きがするアコーティック・サウンドをバックに、畠山美由紀が歌詞を慈しみつつ、たおやかに歌っている。曲名に“庭”という言葉が使われているから、というわけではなく、この“夜の庭”にしろ、“新しい眼”や“古い地図”にしろ、2人が共作した曲は、いずれも土と草を喰むような味わいがある。野菜にたとえるなら、畑から収穫してすぐに、泥が多少付いたままで喰む有機野菜のような滋味深い味がするのだ。
前記の3曲から豊かな土壌の滋養が感じられるのは、畠山美由紀と藤本一馬がそれぞれ幼い頃から田畑や山林に接しつつ、それらの自然環境を通り過ぎてきた風の匂いを嗅ぎながら育ったからかもしれない。あるいは歌謡曲のカヴァー・アルバム『歌で逢いましょう』をリリースしている畠山は、ある種の日本の歌から、一方、カルロス・アギーレやシルビア・イリオンドと共演したことがある藤本は、アルゼンチンのフォルクローレを通じて、大地の香りを吸収してきたのかもしれない。が、いずれにせよ、二人が共作した曲には、ボサノヴァやジャズの要素が取り入れられているものの、極度に都会的に洗練された、それゆえいささか人工的で無味乾燥なポップ・ミュージックではない。土と草、そして自然の空気を喰むような味わいこそが、二人の共作曲、ひいては『夜の庭』全体の最大の魅力と言っていいだろう。
『夜の庭』の収録曲は全10曲。すべて藤本一馬がプロデュースとアレンジを担当。そして藤本(ギター)と、曲によって伊藤ハルトシ(チェロ)、岡部洋一(パーカッション)、服部恵(ヴィブラフォン)が加わり、演奏を務めている。前記の3曲に加えて、畠山美由紀が単独で作詞作曲した歌もの(“この空の下”と“幸せでいて”)、藤本一馬が単独で作曲したインタールード的インスト(“浅緋 -Asaake-”と“青藍 -Seiran-”)が、それぞれ2曲ずつ収められている。また、“If You Were Coming In The Fall”は、エミリー・ディキンソンの詩に畠山が曲を付けたものだ。そしてカヴァーが2曲ある。まずカサンドラ・ウィルソンがマイルス・デイヴィスの“ブルー・イン・グリーン”に自作の歌詞を付けた“Sky And Sea (Blue In Green)”。カサンドラの『トラヴェリング・マイルス』(1999年)に収録されている曲のカヴァーだ。ただし、カサンドラは、デビュー・アルバム『ポイント・オブ・ヴュー』(1986年)で、すでに“ブルー・イン・グリーン”に自作の歌詞を付けて歌っている(曲名は“Blue In Green”)。畠山美由紀は、ギタリストの小島大介とのPort of Notesでの活動でも知られるし、ショーロ・クラブのギタリスト、笹子重治と二人でライヴを行なうこともある。片や藤本一馬は、ヴォーカリストのナガシマトモコとのデュオ、orange pekoeとしての活動で広く知られている。こんな二人によるデュオだけに、『夜の庭』は歌とギターのみによるシコ・ブアルキの曲のカヴァー“Todo O Sentimento”で、しとやかに締め括られる。
大自然や季節の変化を題材とした数多くの詩作で知られるエミリー・ディキンソンの詩にもとづく歌ものがあり、“浅緋”と“青藍”といった曲名のインストがある。また、〈瑠璃色〉や〈月影〉という言葉も聞こえてくる。自然の味わいや匂いに加えて、色と影――浅く染めた緋色や濃い紫みを帯びた青色、月の光に照らし出されたものの陰影が伝わってくる。この『夜の庭』には優しい光が射し込んでいて、なおかつ優しい空気を纏っている。もちろん、人の感情や温もりが感じられることは、言うまでもない。だからこそ〈景色〉や〈情景〉、そして〈人影〉が、おのずと浮かび上がる。
畠山美由紀(Miyuki Hatakeyama)
宮城県気仙沼市出身。〈Port of Notes〉、〈Double Famous〉のボーカリストとして活躍する中、2001年にシングル“輝く月が照らす夜”でソロ・デビュー。2012年、NHK東日本大震災プロジェクト復興支援チャリティーソング“花は咲く”に参加。2020年9月、初のセルフプロデュース・カヴァーアルバム『Song Book #1』をリリース。
藤本一馬(Kazuma Fujimoto)
1998年、orange pekoeを結成。2011年、ソロ名義での1stアルバム『SUN DANCE』(BounDEE by SSNW)をリリースし幅広い支持を得る。2019年、林正樹(ピアノ)、西嶋徹(ベース)とのFLOWトリオに福盛進也(ドラムス)が参加し、藤本一馬カルテットを始動。フォークロリックな感性と室内楽の持つ静謐さを湛えたコンテンポラリー・ジャズへ昇華。旋律的でリリカルなギター演奏のアプローチ、ときに野生的なダイナミズムまで、その音楽性は高い評価を獲得している。
LIVE INFORMATION
『夜の庭』 リリース記念ライブ
2023年1月19日(木)大阪・梅田 ビルボードライブ大阪
1st 開場/開演:17:00/18:00
2nd 開場/開演:20:00/21:00
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13768&shop=2
2023年1月25日(水)東京・六本木 ビルボードライブ東京
1st 開場/開演:17:00/18:00
2nd 開場/開演:20:00/21:00
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=13767&shop=1