あらゆるボーダーを消す、試み。
「ピアノで作曲するんですが弾きながら歌って」メロディを探る。そう語るのは林正樹。新たなアンサンブルを立ち上げ、アルバム『Blur the border』をリリースした。音楽の稜線はどの曲も美しく流れていく。この新しい音楽に触れて改めて旋律の人だと感じる。
「たゆたう」――そんな風に自身の音楽の様子を彼は表現する。イメージを音に固定するとき書法や形式が「音楽の流れを遮らないように」作っていくと言う。たとえば新曲の、数えてみると不規則な拍の連続は、その歪な姿を優雅に音楽の中に潜める。タイトルに込めたのは「国境線の無い人々の繋がり」への思いだが、それは音楽の形にも表れる。
2020年に始めたこのグループのためのレパートリーは、「コントロールしないこと、これまで自分の中にあったストッパー」を外して書き溜めた。沸々と自然に音楽のイメージが浮かび上がったのだろうか。
「福盛進也くんのドラム、藤本一馬くんのギターと、僕のピアノの三人を中心に組み立て、さらに知り合った素晴らしいミュージシャンたちを加えて」このグループを固め、集まった演奏家たちの「音色を身近に感じたい」とアンサンブルの音楽性も定まっていく。アルバムに固定された形は「あくまで一つの形。いろんな形になっていいと思っています。その場で音楽を組み立てることに長けたメンバーが揃ってますので」。音楽は作曲家、聴き手のものでもあるが、そもそも演奏家のもの。
「だから音環境には特にこだわりがあります。なるべく生音で共演者の音、自分の音に直接触れたい」という。なるほどPAを通せば第三者の耳が介入する。彼が聴きたいのはノート(音符)ではない、共演者のサウンド「音色」だ。レコーディングでは生音を直接聞くという訳にもいかない。しかし彼の思いを理解したエンジニアが今回納得のいくアンサブルのサウンドを実現した。
一曲目の“Yuragu”は、スケールの大きな音楽だ。これまでの彼の音楽とは少し様子が違うように聞こえた。〈Bang On A Can〉の演奏する“Music For Airport”、デヴィッド・ボウイとブライアン・イーノの“ワルシャワ”を思い出した。そして何故か作曲家デヴィッド・ラングのようだと伝えると「今度彼のピアノ曲を演奏するんですが、その譜面の様子や響きには近いものを感じます」と言う。
東京に新たな音楽の種子を、このグループが撒き始めたそんな予感がしてきた。