コラム

大瀧詠一が残したエッセイ/評論/ライナーノーツや対談等を集大成したMr.ナイアガラの謎解き本〈Writing & Talking〉

Mr.ナイアガラの謎解き本

大瀧詠一 大瀧詠一 Writing & Talking 白夜書房(2015)

 大瀧詠一の音楽が生まれて来た背景にある重厚な思考や多種多彩な嗜好というものを、まずはアナログな質感で感知させてくれるという点でこの分厚過ぎるくらい分厚い装丁本はそれだけで偉大である(デジタル本であってはこうはいかない、当たり前だが)。普通の常識的な思考ではなかなか理解し難く受け止めもし難い(と思われる)この音楽家の姿が、氏が書き残したエッセイ、評論、ライナーノーツや、記録された、対談等を集大成したこの本を通読してみると、少しだけリアルに見えて来るかも知れない。

 シンガーソングライター、アレンジャー、プロデューサー、エンジニア、ラジオDJという音楽に関するマルチな才能の発揮だけに止まらず、多種多様な文化に対する造詣が深く、著述家(評論家?)としても驚くべき能力を発揮してみせた氏は、その常人離れしたマルチな才能ゆえに近寄りがたい偉人!というイメージで語られがちな気もするし、その発言の多くが諧謔精神で表面をオブラートして本音はいつもその裏側に隠されていた事から、随分屈折した難しい男というイメージも持たれて来たような気もする。だが、この本を通読して頂けば、氏が幼少時代~少年時代に受け止めた豊かで多彩で多様な文化からの影響を、いつまでも、いつまでもピュアに自らの表現で追い求め続けた一途なロマンチストでもあったという事に気付く事も出来るはずであり、氏が84年の『イーチ・タイム』を最後に、遂に自らの音楽作品をリリースしなかった理由が、実は理想を追い求めるがゆえの半端な妥協の産物を世に出したくないのだという誠実さの裏返しであったり、また、影響を受けたアメリカン・ポップスや日本の歌謡曲、芸能が放っていたまばゆい輝きを自ら再現する事が可能だろうか?と真摯に問い続けた結果(この本の中でいくつか氏は“自らの資質にないものを表現し続ける事”の困難さを告白している)でもあった事を読者は知る事になるだろう。

 “読んだ事ないけど…”と、氏一流の諧謔にオブラートしながらも、同郷の宮沢賢治の文学と自らの音楽の世界観の類似性をそこはかとなく氏が認めていた事を発見出来た事が、僕にとっては最大の発見であり歓びであったりもするのです(自慢ではないけど、僕はそれをずっと前から感じ続けて来たので)。

【参考動画】2014年にリリースされた大滝詠一のベスト盤『Best Always』スペシャル・ムーヴィー
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