2CDと追体験したい、燃えさかるミューズと創造者の至高の映像

 20年余の歳月を経て、サブマスターとして録音していたカセットテープがNHKで発見され(これは確かに奇跡!)、95分のステージ記録を2CDの完全な形で世にリリースしてくれたのが2009年。あの望外の喜びが、今回新たに〈鮮烈な映像〉として甦る。まさしく執念の結晶というほかない。

MILVA, ASTOR PIAZZOLLA 『Milva & Astor Piazzolla Live in tokyo 1988』 B.J.L./AWDR/LR2(2015)

 今なら、高画質映像で公演を記録しておくことなど容易なのかも知れないが、かの時代は事情が異なる。録音機材を持たぬ興行主がクオリティの高い音源を残すためには、FM局に番組枠を確保してもらう必要があった。82年のピアソラ初来日、84年2度目の公演の場合がそうだった。それでも悲しいかな、人や組織の移動により、保存されるべきオリジナル音源は散逸し、失われてしまいがちだ。

 ミルバ&ピアソラ公演(88年6月26日@中野サンプラザホール)の映像化が実現した要因に、興行主の実力に加え、ミルバの長きにわたる知名度の高さ、映像向きで華のある存在が挙げられるだろう。当時まだ、ピアソラ単独のTV番組制作に挑むディレクターなどいなかったはずだから。

 とまれ、特集番組「サマーナイトミュージック ミルバ&ピアソラ」は、同年8月24日、NHK総合テレビで放映された。なんといっても、ピアソラ最後となる日本公演だ。45分間の録画ビデオを繰り返し鑑賞し、後日DVD-Rへ焼き直して感慨に浸り続けるファンも、少なからずいたに違いあるまい。

 ほぼ半分の時間に凝縮された公演映像なので、ピアソラ新タンゴ五重奏団(テロップにはモダン・タンゴ五重奏団と記載)のインスト曲は、第1部“ブエノスアイレスの夏”と“ミケランジェロ70”のみ。啓示的な序章“タンゲディアIII”が割愛され(残念!)、舞台は、ほの暗い扉から素足のミルバが登場するシーンに始まる。旧来親しまれた“ブエノスアイレスで死のう”とテロップでクレジットされるが、現在は直訳“わが死へのバラード”で定着。のっけから優れた演技者、ミルバの仕草や表情にたちまち魅せられる。これぞ、映像の力と言うべきか。84年9月、パリのブッフ・デュ・ノールで幕を開けたステージが、いかに熟成をもたらし濃密な果実へと昇華したかが窺えるだろう。ミルバが舞台狭しと駆け回る、6曲目“ロコへのバラード”もまた、格別な圧巻の熱演だ。導入部の語り(イタリア語)の際、宙を泳いでいた灯りが、歌への転換と同時にピンスポットに変わる仕掛けも、効果的。

 8曲目“行こう、ニーナ”から、一転してミルバは真紅のラメ入り長袖ドレス&ハイヒールに衣裳替え。金赤の髪を含め、燃えさかる赤がピアソラ音楽のドラマ性をいっそう掻き立て、CDでは判らなかった2部構成の、巧妙な展開を再認識させられる。内面の静謐へと向かう“忘却(オブリヴィオン)”では、歌い手のゆったりしたスピードに演奏が寄り添う。さらに終幕、“チェ・タンゴ・チェ”でのパフォーマンスたるや……タンゴの根源的な猥雑さを凝縮したかのような、大胆にして強靭な肉感性ではないか。ピアソラをして〈最高のピアソラ歌い〉と言わしめた、ミルバの恐るべき表現力の一端を垣間見た気が……。むろん最強ピアソラ五重奏団の終章、記念碑としての意義は言わずもがな。ラスト、ミルバを見やるピアソラの眼差しは、途方もない温かみを帯びて……ナイス、カメラワーク!

 かくして幸いなるかな、我々はまたひとつ貴重な宝物を手にする。おそらくこのDVD映像に釘づけになった直後、再びフルヴァージョン版CDを聴きたくなるだろう。曲順に忠実な2CDに集中するうち、艶やかなシーンが甦り、再度DVDを確認せずにおれなくなるかも知れない。繰り返し追体験する喜びこそが、我々がパッケージ商品に執着する所以だ。2009年の優れた2CD同様、今回のDVDもまた、世界のファンを満足させるはず。完全燃焼のミューズと希代の創造者による、至高の境地に到達した舞台を、終生いつくしむとしようではないか。