バンドネオン奏者が挑み続ける新たな感動の舞台……再び、役者は揃った!
2008年2月29日上演のオラトリオ『若き民衆』の日本初演、紆余曲折を経て2013年6月29日に実現したオペリータ『ブエノスアイレスのマリア』。いずれも、小松亮太が東京オペラシティ文化財団の協力で挑み、彼にしか成し得ない境地を拓いた記念すべき公演だった。
没後5年を機に脚光を浴びたアストル・ピアソラ作品の中でも、これほど一筋縄ではいかぬプログラムはない。ともに、ピアソラがタンゴ詩人オラシオ・フェレールとタッグを組んだ凝った作品だが、71年の『若き民衆』はドイツのテレビ局で放映されたものの、レコーディングされずじまい。68年の『ブエノスアイレスのマリア』は劇場公演後にスタジオ録音され、わが国でも格別認知度は高いものの、オリジナル形式での再上演がかなわなかった、いわくつきの傑作と呼べるかも知れない。
つまり、現段階で小松の創造意欲が向かう対象は、もはや有名曲ではなく、大作の深奥に潜むタンゴドラマの全容を、忠実かつ精緻にえぐり出し解明せんとする試みにあるのではないか。喝采に包まれたステージの余韻を噛みしめつつ、そんな思いを巡らせていた。
2企画に続く第3弾、「小松亮太/タンゴの歌 featuringバルタール&グラナドス」。再び、役者は揃った。第1部は、文豪ホルヘ・ルイス・ボルヘスの詩と散文にピアソラが旋律を授けた、65年発表『エル・タンゴ』。すでに2012年9月、小松により全編紹介が試みられているが、おそらく見逃したファンも多かろう。タンゴ普遍の重要テーマを濃縮した作品で、『ブエノスアイレスのマリア』のプロトタイプと見なす向きもある。歌と朗読に存在感を放つ、レオナルド・グラナドスの美声と伊達男ぶりは一見の価値ありで、嬉しい再演だ。
第2部は、『バルタール、ピアソラを歌う』。2013年の『ブエノスアイレスのマリア』で初来日を果たし、圧巻のパフォーマンスに加えチャーミングな一面も覗かせた、アメリータ・バルタールが再登場。《ロコへのバラード》《チキリン・デ・バチン》《悲しきゴルド》《受胎告知のミロンガ》等の名曲を中心に、小松亮太率いるオルケスタとの迫真のタンゴ共演に臨む。
「歌詞の意味とタンゴのエッセンスを理解しなければ、どんなに豊かな声を持っていてもダメ。タンゴ詩人たちは都市の歴史と社会に関し、多くの著述をものしている。そんな知識をすべて吸収した上で表現しなければ、私は気が済まないのよ」と、強い自負を窺わせたアメリータ・バルタール。とりわけ自身の生家にごく近い、彼女の原点ともいえる通りやカフェの情景が織り込まれた《ロコへのバラード》を歌うのは光栄なこと、と語っていたのが印象に残る。加えて、「私生活での別離の後、伝統タンゴを歌うよう勧めてくれたのも、私の声にふさわしい楽曲や編曲を具体的に示唆してくれたのも、ピアソラだった」という証言は、じつに興味深い。
当初、本公演用にタンゴ形式のレクイエムを書き下ろし、発表する構想があったと聞く。オラシオ・フェレールの逝去(2014年12月21日)に伴い、小松&フェレール共作の夢は惜しくも実らなかった。だが、歴史的コンビの創造を掻き立てたミューズが、初演者の誇りと表現力をもって “彼女に与えられた財産”にふさわしい名歌唱を披露してくれるはず。さらに、ピアソラ&マリオ・トレーホ作《みんなのヴィオレータ》、選りすぐりの逸品《緑の薬草》《最後の盃》《マダム・イヴォンヌ》《場末のメロディ》などを歌う予定だ。彼女が全幅の信頼をおく、小松亮太の研ぎ澄まされた演奏術との濃密な一本勝負を、ぜひとも見届けたい。
LIVE INFORMATION
小松亮太 タンゴの歌 featuring バルタール&グラナドス
○3/12 (土) 15:00 開演
【第一部】エル・タンゴ**
ピアソラ(詞:J.L.ボルヘス):《エル・タンゴ》(コンサート形式・スペイン語上演・日本語字幕付)
【第二部】バルタール、ピアソラを歌う*
ピアソラ:悲しきゴルド/ロコへのバラード/受胎告知のミロンガ/チキリン・デ・バチン ほか
会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
出演:アメリータ・バルタール(歌)*
レオナルド・グラナドス(歌・語り)**
小松亮太(バンドネオン)
タンゴ・オルケスタ・エスペシアル
www.operacity.jp