今こそ原点に戻るとき。深みを増した唄声に心は揺れる
里アンナを知る人に、彼女が活躍する場を訪ねたら、きっといろいろな答えが返ってくるはずだ。たとえばミュージカル『レ・ミゼラブル』のファンテーヌ役の女優として。もしくは数枚のアルバムをリリースしたポップスシンガーとして。はたまた鍵田真由美・佐藤浩希フラメンコ舞踊団の「道成寺」(2014年版)に参加する歌手として。そして鼓童を出てソロ・プレイヤーとして活躍する吉井盛悟とのセッション相手として。実に多彩な顔が見えてくる。しかし彼女の源流は生まれ故郷である奄美のシマ唄だ。ただ彼女はあの独特の節回しを看板にしているわけではない。
「シマ唄以外を歌うとき、私は普通に歌えるんです。だから高校を出てから上京してレッスンを受けてもギャップはありませんでしたし、オリジナルのアルバムを出すときに、普通に歌ったら周りにびっくりされました」
これは彼女が単に器用ということではない。むしろ歌に対する体力があるとでも言うべきか。そうでなければここまで多彩な活動はこなせない。
さらに感じたのだが、どうも彼女には実力だけでなく強い行動力とチャンスの扉を引き寄せ開ける腕力が備わっているようだ。たとえばレコード会社から離れてから、現在参加している『レ・ミゼラブル』の舞台に至るまでのストーリー。
「フリーになってから、いったい自分は何をしたいのかと思って、1年間シマ唄中心のライヴばかりしていましたが、終えてもまだ見つからなかったんです。じゃあ次の一年、と思った頃に舞台(レ・ミゼラブル)の一般オーディションの話を聞いて応募したんです」と笑って答えてみせる。
そんな里アンナの新作は、全編が彼女の唄と三線、竪琴によるシマ唄集。シマ唄のアルバムはもう2枚リリースしている彼女が、どうしてこの時期にこの作品を手がけたのか。
「私にシマ唄を教えてくれたのは祖父でした。ただ昔は唄と三線は別のものだったので、子どもの頃や初めてのアルバムは祖父に三線を弾いてもらい、2枚目は築地俊造さんに弾いてもらいました。でも今になってせっかく受け継いだシマ唄の伝統を、継いでいかなくてはという意識が生まれてきました。さらに全部自分でやりたいと思うようになったんです」
そういった彼女の想いは、この新作『紡唄』で見事に具現化したといえるだろう。それが証拠に、このアルバムをきっかけに彼女を取り巻く世界がさらに拡がっている。その成果が見えてくるのはきっとこれから。さてどんな風に変貌していくか、楽しみだ。