ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら忘年会に参加する部員たちが集まりはじめたようですよ。
【今月のレポート盤】
逗子 優「海音ちゃん、お疲れ~! ひとりでアリエル・ピンクなんか聴いちゃってどうしたの~? これ新作~?」
天空海音「違うでござる」
逗子「え~? このヘロヘロした歌声とズブズブしたサイケ感はそうでしょ?」
戸部小伝太「ズコーッ!」
逗子「入って来て早々にズッコケないでよ~!」
戸部「そりゃ、不意打ちでトゥインクの真性サイケ盤『Think Pink』が聴こえてきたらコケるでしょうが!」
逗子「あれ~、よく見るとアリエル・ピンクじゃないね~」
戸部「トゥモロウ、プリティ・シングス、ピンク・フェアリーズ……と名だたるバンドを渡り歩いた、イギリス屈指の奇才ドラマーを知らないとは何たる不幸!」
天空「サイケ好きには超有名でござるが、それを除くとあまり知られていない人でござるよ」
戸部「いやいや、我々は天下のロッ研ですぞ! 60年代ロンドンのノッティングヒル・ゲート界隈には、デヴィアンツのミック・ファレンをはじめ、シド・バレット、ティラノサウルス・レックスのスティーヴ・トゥック、レミー・キルミスターらホークウインドの面々など、ドラッギーな奇人怪人たちがたむろしていたわけですが、トゥインクもそのシーンから現れた人物ですな」
逗子「そうなんだ~、何かヤバそうな感じがするね~」
戸部「70年にリリースされたこの初のソロ作は、ミック・ファレンをプロデューサーに迎え、デヴィアンツやプリティ・シングスのメンバーも参加して繰り広げられる、英国アングラ・ロック最高の饗宴!」
逗子「要するにラリパッパなお友達が大集合ってことだよね~」
天空「その通りでござる。自主レーベルから登場した今回のリイシュー盤は、レコーディング50周年を記念しての最新リマスター仕様で、レア音源も大量に入っているでござる。併せてトゥインク関連の編集盤が多くリリースされたのも嬉しいでござるな」
逗子「それにしてもインパクトの強い曲ばかりだね~! 冒頭曲はエキゾティックな妖しいリズムに叫び声や呻き声が絡んでホラー映画みたいだよ~」
戸部「2曲目の“Ten Thousand Words In A Cardboard Box”は、霧の彼方から次第にファズの嵐が渦巻いてくるようなヘヴィー・チューンですな。この凶暴なギターは、後にピンク・フェアリーズで活動を共にするダンカン・サンダースンの仕業!」
天空「5曲目の“Fluid”は女性の喘ぎ声とノイズの合唱。6曲目“Mexican Grass War”は紫煙が充満した盆踊りマーチ。そして7曲目“Rock And Roll The Joint”はなぜかクリスマス仕立ての狂騒ブギーでござる」
逗子「〈サイケ〉というと、僕はグレイトフル・デッドとかジェファーソン・エアプレインみたいなUS西海岸サウンドを思い浮かべるんだけど、ここには大らかで牧歌的な雰囲気がまったくないね~」
戸部「ひたすらバッド・トリップしているような陰鬱サウンドに、楽天的なヒッピー思想とは異なる欧州らしいデカダンスを感じますな」
天空「主役がドラマーなだけあってメロディーそっちのけでビートを強調していることや、コラージュなどのエディット感覚、インドや中東といった異国音楽へのアプローチなど、後のポスト・パンクやポスト・ロックに通じる気もするでござるね」
逗子「確かに50年前のロックとは思えない新鮮さがあるね~。まあ、悪夢を見そうだからずっと聴くのは怖いけど~」
天空「私は毎晩これを聴きながら眠りにつくでござる」
戸部・逗子「……」
年の瀬も大詰まりだというのに、とんでもなく奇天烈な音楽に聴き入るロッ研の連中には困ったものです。どうか無事に良い年を迎えてくださいね。 【つづく】
『Think Pink』と同時にリリースされたトゥインク関連の作品。