春の訪れを感じる柔和な陽光が心地良いある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。どうやら新入生勧誘の準備をしているみたいですね。

【今月のレポート盤】

PREFAB SPROUT I Trawl The Megahertz Liberty/Sony UK/ソニー(2003)

 

三崎ハナ「来期は2人がロッ研を引っ張るんだからね。特にノビ新会長、期待してるよ!」

野比甚八「がってん承知の助でさあ」

天空海音「そんなことより、いまはこれを聴くでござるよ」

三崎「もう、マイペースだな~……って、プリファブ・スプラウトの新作?」

野比「ん? 『I Trawl The Megahertz』と言えば、プリファブのフロントマン、パディ・マクアルーンが2003年にリリースした唯一のソロ・アルバムだよな?」

天空「そうでござる。このたび最新のリマスタリング仕様で再登場したでござるが、名義をグループに変更し、ジャケも新装したのでござるよ」

三崎「グループと言ってもいまは実質パディのワンマン・ユニットだもんね」

野比「この作品はもともとのプレス枚数が少なかったせいか、市場に出回っていた時期も短かったらしいから、めでてえリイシューじゃねえか」

天空「本隊とは異なってインスト中心の作品ゆえ、当時は困惑したファンも少なからずいたようでござる。まあ、とりあえず聴いてみるでござるよ」

三崎「うわ~、1曲目のイントロからして溜め息が出るほど美しいね。これはまぎれもないパディ節!」

天空「アルバム収録時間の半分近くを占めているこの長尺曲は、メイン・テーマ的な存在でござるね」

野比「ストリングスやホーン、ギターなどさまざまな音が溶け合う瀟洒なサウンドに、淡々とした女性のナレーションも被さって不思議な安らぎ感があるな。ある意味〈アンビエント〉と言ってもおかしくねえや」

三崎「うんうん、なぜかハナは泣けてきたよ!」

天空「他の曲はさらにメリハリがあって、どれもメロディーが際立っているでござるよ」

野比「流石は本国UKで〈ニューウェイヴ以降に登場した最高のソングライターのひとり〉と称されているだけあるな。インストなのに歌モノのように饒舌だぜ」

三崎「あっ! アルバムの終盤でついにパディのヴォーカル曲がキター! 不意に彼の柔和な歌声が聴こえてきたから、またしても涙が……」

天空「歌入りの曲はこの“Sleeping Rough”のみ。絶妙なアクセントになっているでござるよね」

野比「こうしてアルバムを通して聴くと、当時、網膜剥離で闘病中だったパディの心象風景を静謐に描いた映画のような感じっつうか。その擬似サウンドトラック的っつうか」

天空「架空のサントラっぽい雰囲気は、以前のプリファブ作品にもあったでござるしね」

三崎「確かにいつもの作りとは少し違うんだけど、でもこの煌めくように美しいサウンドはやっぱりプリファブなんだよね! そう思うと、今回のリイシューに合わせて名義を変更したのも納得だよ」

野比「2010年代になってからもヴァイオレンスやロマン・ア・クレのように、プリファブを引き合いに出されるバンドって数多いけど、彼らのファンにもこの作品を聴いてもらいてえな」

天空「本作に限って言えば、チルウェイヴ以降のアンビエント・ポップを先取りしたような要素も仄かに感じるでござる」

野比「ポスト・クラシカルに繋がる趣もあるぜ。いま思えば時代の少し先を行ってた音なのかもしれねえな」

三崎「この機会に再評価されてほしい作品だね!」

天空「言いそびれていたでござるが、今年の9月頃にプリファブのニュー・アルバムが出るなんて噂もあるござる」

三崎「めちゃくちゃ楽しみ! 気が早いけどお茶で祝杯をあげよう!」

天空「いつも通りの展開で、まったく最終回っぽくないのが〈ろっくおん!〉らしくて良いでござるな」

野比「ん、何か言ったか?」

天空「何でもないでござる」

 2012年にスタートした当連載も今回で最後を迎えることとなりました。いつかまたロッ研の部室で再会できることを楽しみに、どうか皆さんお元気で。 【おしまい】

 

プリファブ・スプラウトの『I Trawl The Megahertz』と並べて聴きたい作品たち

THE LOCH NESS MOUSE The Loch Ness Mouse II Tune-J/Pヴァイン(2019)

現行シーンでもっともプリファブの影響を感じさせるノルウェーのネオアコ集団。タイミング良く到着したこの新作でも、パディそっくりの歌いっぷりでニンマリだよ。何と日本盤のボートラではプリファブの“The Sound Of Crying”をカヴァーしているんだから確信犯だね! *三崎

 

THE BLUE NILE Hats Linn/Virgin EMI(1989)

網膜剥離のため創作活動が困難だった2000年代初頭のパディをサポートし、アルバム完成にまで導いた立役者こそ、ブルー・ナイル仕事で知られるヴェテラン・エンジニアのカラム・マルコム。本作での緻密&優美な音空間は、『I Trawl The Megahertz』にもしっかり受け継がれているでござる。 *天空

 

JAMISON ISAAK Cycle Of The Seasons Flora/PLANCHA(2018)

ティーン・デイズ名義でチルウェイヴ人気を盛り上げた男が初めて本名で挑んだこのアルバムは、従来とは異なる全編インスト作品に。名前を使い分け、『I Trawl The Megahertz』と同様にメロディー・オリエンテッドなアンビエント/ポスト・クラシカル風の仕上がりというのは単なる偶然か? *野比

 

Poor Vacation Poor Vacation Mastard(2018)

結成時にプリファブをモデルにしたという東京発の5人組によるデビュー作。モロなわけでもないけど、本人たちが〈サウンドの持つロマンチックな感覚が共通してる〉って言っているのは超わかる! そういえばKIRINJIの近作にもプリファブ風の曲があったし、日本はパディのチルドレンが多いよね! *三崎

 

PREFAB SPROUT Crimson/Red Icebreaker(2013)

一時は失明の危機にあったパディの病状も回復し、2007年に『Let's Change The World With Music』を上梓してプリファブを復活。目下の最新作となるこの『Crimson/Red』を経て現在は次のアルバムの準備中とのことで、寡作ながらもコンスタントかつ元気に活動しているのが頼もしいでござる。 *天空

 

部室に置かれたキャンパス・ノートを覗き見しちゃいましょう!

BUZZCOCKS Another Music In A Different Kitchen United Artists/Domino(1978)

 絶賛就職活動中のハナ先輩が、最近のオススメCDについて書きますよ~! まずは大好きなバズコックスによる78年のデビュー作『Another Music In A Different Kitchen』(United Artists/Domino)から。リリース40周年に合わせてリマスタリングされたもので、奇しくもピート・シェリーの追悼リイシューとなってしまいました……。“I Don't Mind”ではもちろんハナも〈気にしないよ〉って大合唱するわけだけど、これからもピートのことは気にし続けるよ!

 

LINDA RONSTADT Live In Hollywood Rhino/ワーナー(2019)

 続いてはウェストコーストの歌姫にしてオジ様たちの永遠のアイドル、リンダ・ロンシュタットの『Live In Hollywood』(Rhino/ワーナー)。80年にTV出演した際のマスターテープが見つかったことによる奇跡の蔵出しだよ。本人がセレクトした全12曲のうち9曲が未発表なうえに、何とキャリア初の公式ライヴ音源集なんだって! バディ・ホリーやチャック・ベリーのカヴァーも嬉しいね!

 

EAGLES Hell Freezes Over(25th Anniversary) Geffen(2019)

 で、そのリンダとも仲良しのイーグルスによる94年のリユニオン作品も、発表から25周年を記念した『Hell Freezes Over(25th Anniversary)』(Geffen)としてリマスター化。当時の新曲4つとMTVでのパフォーマンスから成る変則的な作りだけど、ライヴで披露しているのは超有名曲ばかりで、気軽に楽しめる一枚です。やっぱり目玉は“Hotel California”のアンプラグド・ヴァージョンかな。実家で聴いていたらお父さんと音楽談義に花が咲きました。ハナだけに……テヘヘ。

 

RAW MATERIAL Time Is... RCA/BELLE ANTIQUE/MARQUEE(1971)

 最後はコデータ先輩に推薦され、ジャケが可愛いのでゲットしてみたロウ・マテリアルの71年作『Time Is...』(RCA/BELLE ANTIQUE/MARQUEE)。純プログレ作品かと思いきや、オルガンやサックス、フルートが飛び交うジャジーな曲から、つんのめったようなハード・ロック風、アコギが爪弾かれるフォーク調まで変化に富んだおもしろい内容で、何となくブリティッシュな雰囲気を満喫できたよ。さて、ハナはそろそろ退場するね。この連絡ノートも次の世代に託すから、後輩たちよ、後は頼んだ! *三崎ハナ