その名はホールジー。セックスと悲しいことを歌にする。自分が何者なのか、私はよく知っている……時代を射抜く眼差しでディストピアを描き出す、規格外の才能がいよいよ本邦初上陸!!
「みんな、私が物凄い短期間でブレイクしたみたいに言うんだけど、実際には丸2年かかってるのよ。時にはボストンのど真ん中で朝の4時に、電話もかけられなくて、適当な知り合いにこれから家に行ってもいいかどうか、Twitterで訊いたりしてたんだから。ミュージシャンになりたいって気持ちがあったから、そんな波乱万丈の境遇すらも何だか魅力的に思えたのよね」。
2年が長いのか短いのかはわからないが、少なくとも現在21歳のホールジーことアシュリー・フランジパーネがまったく別の地平にいるのは確かだ。メジャー契約の契機となった“Ghost”をSoundCloudにアップしたのは2014年。その数年前に彼女は大学でアートを学ぶ道ではなく、ミュージシャンになる道を選んだ。TumblrやYouTubeを通じて動画などを発表していたのはそれよりさらに数年前のティーン時代。もっと遡れば……94年にアフリカ系アメリカ人の父親と白人の母親の間にニュージャージー州ワシントンで誕生し、それぞれの好む音楽を吸収して育った幼少期に、彼女の未来は決定付けられていたのかもしれない。
「大学に行かないでミュージシャンになるんだって言ったら、みんなにビックリされたわ、どうかしてるって。でも、私にはきっとやれるっていう予感があったの。14歳の時だったと思うけど、(歌っていたら)うちの弟が部屋のドアを思いっきり締めて怒鳴ったの、〈うるせえぞ! ヘタクソ!〉って(笑)。でも皮肉なことに、いまじゃ弟は私の一番のファンなのよ」。
ホールジーがファン・ベースを築くまでの期間は、ボストンからNY、ワシントンDCに至るさまざまなバーやライヴ・スポットにてアコースティック・セットを披露することに費やされた。本名〈Ashley〉のアナグラムからホールジーという名前に辿り着いた彼女は、アストラルワークスと契約した翌月の2014年7月に“Ghost”をメジャー・リリース。10月には〈私はどこの街にも属さないし、どの男の所有物でもない〉と歌う“Hurricane”を発表してこれも話題を集めている。
「あの曲には微妙なフェミニズムが込められている。昔の考え方で言えばネガティヴな捉え方になる一晩限りの関係に、ポジティヴなひねりを加えてみたのよ」。
こうした詞作のスタンスやヴィジュアル・イメージなどの情報によって、ロードやリアーナ、ラナ・デル・レイ、あるいはピンクといった何名かの先達が思い浮かぶという人もいるだろう。とはいえ、ホールジーが影響を受けてきたのはNWAや2パック、ノトーリアスBIG、ボーン・サグズン・ハーモニーといったラップ・アクトであり、同時にニルヴァーナやキュアー、ジン・ブロッサムズ、アラニス・モリセットといった顔ぶれも連なるのだからおもしろい。その嗜好はもちろん先述したバイレイシャルな出自と両親それぞれの好みによるもの。そして、EP の『Room 93』を挿んで登場したのが、勇ましく〈We are the new Americana, High on legal marijuana, Raised on Biggie and Nirvana〉と宣言する“New Americana”だ。同曲を先行カットとしてリリースされたファースト・フル・アルバム『Badlands』は、すでに全米2位を記録。このたびの日本盤化にあたっては『Room 93』の音源もボーナス収録されている。
同世代の才人でノルウェー出身のリドに、EPから関わってきたティム・アンダーソンも名を連ね、LA勢ではヒップホップ畑のフューチャリスティックスや、トーヴ・ローらを手掛けるキャプテン・カッツが参加。英国からは、コマーシャルなポップ作品を多数手掛けてきたティム・ラコンブ、フローレンス・アンド・ザ・マシーンとの仕事で名高いチャーリー・ヒューガルも助力している。それでもダビーでアトモスフェリックなサウンド・デザインが緩やかに一貫されているのは、ホールジー自身のヴィジョンが各人の意志を統一しているからであり、同時にどの曲も彼女のピュアな言葉で綴られているからだろう。受け手に人柄をも伝えなければいけない時代にあって、この率直さが魅力的に映るのは言うまでもない。
「私は他の人たちが、ともすればあまり話したがらないことに対しても、凄くオープンに口にしちゃうの。なぜって、自分の音楽は常に、本当に純粋で率直で、正直なものであってほしいから。曲の書き方にも内容にも、こうでなきゃならないなんて縛りはないしね」。