photo Akihito Igarashi

 

デビュー25周年 「今は何もかも楽しんでいます」

 1990年から2009年まで劇団四季のスターだった石丸幹二がデビュー25周年記念アルバム『My Musical Life』を完成した。独立後は舞台だけでなく映画、テレビドラマ、司会、朗読などに活動の領域を広げてきたが、一本芯を貫いているのは正しく訓練を積んだ美声と、「何でも楽しんでやろう」という旺盛な好奇心である。

石丸幹二 My Musical Life Sony Music Japan International(2015)

 記念アルバムの核はもちろん、四季時代に次々と手がけたアンドリュー・ロイド=ウェバーの諸作。最高の当たり役とされる『オペラ座の怪人』のラウルでは、《オール・アイ・アスク・オブ・ユー》のデュエットを笹本玲奈と歌う。だがファントム役の《ミュージック・オブ・ザ・ナイト》、檀れいと2人で歌う『キャッツ』の《メモリー》、『怪人』の続編である近作『ラブ・ネバー・ダイ』から《君の歌をもう一度》と、今まで全曲舞台上演では歌ったことのない役にも挑戦しているのが素晴らしい。共演は円光寺雅彦が指揮する東京フィルハーモニー交響楽団。「ロイド=ウェバーが自身の記念公演にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで臨む際、フル・オーケストラを入れるのを意識した」といい、「管楽器、弦楽器の織りなす豊かな響きに囲まれる気持ち良さの半面、そこにどうやって自分の声の色を出し、乗せていくかには苦心した」と明かす。

 当たり役といえば、ミシェル・ルグランの『壁抜け男』のデュティユルのナンバーも収めたが、ロイド=ウェバーでもすでに録音した『アスペクツ・オブ・ラブ』のアレックスは省いた。「良い作品に出会えた感謝は永遠でも、さすがに始まりが17歳の役はもう舞台では……」と笑う。歌詞の多くは劇団四季を創立した演出家、浅利慶太の日本語版を採用した。「17年間歌い続けて変わらない印象は、まさに“詩”の一語。原語の歌詞を直訳するのではなく、浅利先生のトータルな世界観を根底に、歌い手の自由に委ねる部分も残しながらの意訳だ。ポツポツした点の間を歌い手自身の才覚で縫い合わせながら、仕上げていく。ずうっとそうやって育ってきたので、改めてレコーディングで向き合っても違和感はなかった」

 浅利と並ぶもう一人の恩師、東京芸術大学音楽学部で師事したテノール歌手(現芸大名誉教授)の鈴木寛一が植えつけた“種”も、今の石丸の世界で見事に開花している。最初はサキソフォン奏者を目指して東京音楽大学に入学したが、3年の時に芸大を受け直し、歌へ転向した。同期にテノールの櫻田亮、1学年下にバリトンの甲斐栄次郎、2学年下にソプラノの森麻季らが在学。メゾソプラノの藤村実穂子と一緒に『フィガロの結婚』(モーツァルト)の学内上演に出たり、ヨーロッパから帰国した直後の鈴木雅明宗教音楽のサークル活動に興じたりしていたらしい。「進路をミュージカルと定めた時、寛一先生は『オペラ歌手になれ』とは言わず、『男の声の20歳は鼻たれ小僧。ミュージカルでも何でも好きなものをやればいい』と励ましてくださり、幸せだった。最近になって舞台を聴きに来て『良かったじゃないか』と言われ、本当にうれしかった」という。

 独立後は、すでにライフワークとなったストラヴィンスキーの『兵士の物語』はじめ、クラシックの基盤とミュージカル、演劇の蓄積を融合させたジャンルに大きく舵を取っている。記念アルバムでもフラメンコギターの沖仁と共演、つのだたかしのリュート1本に歌、語りがからむ実験的な企画にも挑んだ。2013年にTBS系で放映されたテレビドラマ『半沢直樹』を皮切りに、いままで縁が薄かった“お茶の間”にも顔が売れてきた。「他の俳優、歌手とは少し異なる自分独自の立ち位置から、クラシック音楽への架け橋役を担いたい」と、抱負を語る。鈴木雅明の長男、優人が総合プロデューサーを務める東京の調布音楽祭でアニメと生演奏による『くるみ割り人形』(チャイコフスキー)の朗読を務めたり、NHKの『ニューイヤー・オペラ・コンサート』の司会で藤村実穂子と20年ぶりの再会を果たしたりするなど、古くて新しい音楽家の縁にも恵まれている。

 「次のアルバム、何を希望しますか?」と、尋ねた。「山田耕筰武満徹の歌。日本の素晴らしい詩と音楽の世界を今の自分の声で究めたいです」。それは絶対に、聴きたい!