Photo by Emily Dennison

 

UKジャズの新時代を牽引するマンチェスター出身のピアノ・トリオ、ゴーゴー・ペンギンが通算3作目となるニュー・アルバム『Man Made Object』をリリースした。2013年にクリス・アイリングワース(ピアノ)、ロブ・ターナー(ドラムス)、ニック・ブラッカ(ベース)という現編成となり、翌年リリースした前作『V2.0』はイギリスの名誉ある音楽アワード〈マーキュリー・プライズ2014〉にデーモン・アルバーンFKAツイッグスらと並んで(ジャズ作品では異例の)ノミネート。ブルー・ノート社長のドン・ウォズも惚れ込んで複数枚のアルバム契約を交わすなど、鳴り物入りでメジャー・デビューを果たした彼らこそ2016年のジャズ・シーンにおけるブレイク候補の筆頭だろう。4月2日(土)、3日(日)にはブルーノート東京で初の来日公演も控えており、舞台はすでに整いつつある。

そこで今回はゴーゴー・ペンギンのイントロダクションとして、彼らのこれまでの歩みと『Man Made Object』の制作背景を紹介すると共に、記事の後半ではライヴでこそ真価を放つバンドの魅力を伝えるために、1月16日にNYで開催された〈ウィンター・ジャズフェスト〉での現地レポートをお届けしたい。

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GOGO PENGUIN Man Made Object Blue Note/ユニバーサル(2015)

ネオ・ソウル再解釈とは異なるジャズの新たな可能性

「ジャズというものは、オーネット・コールマンからビッグバンド・スウィングを披露するロビー・ウィリアムズまで、存在するすべてのものを含むカテゴリー・システムだ。つまり、(その括りは)正確でもなければ便利でもない。クジラからハムスターに至るまでを含む動物を〈哺乳類〉と呼ぶのと一緒だ。みんなそのカテゴリー・システムに巨大な投資をし、大々的な議論を交わしているが、そこでどのような立場を取ったとしても、議論をしている時点で間違っている。僕たちはそんなことより、素晴らしい音楽を書くことに集中したいんだ」

ロブ・ターナーがそう語るように、UKらしいジャンルのクロスオーヴァーを実践するゴーゴー・ペンギンは、〈新しい時代のジャズ・アンサンブル〉を標榜している。結成は2009年。地元マンチェスターのジャズ・クラブを中心にライヴ活動をスタートし、2012年に最初のアルバム『Fanfares』をリリースしている。2014年の2作目『V2.0』のリリースでヨーロッパ全体で一気に注目を集めることになり、イギリス人では数少ないブルー・ノート所属アーティストの仲間入りを果たすこととなった。

『Man Made Object』収録曲“All Res”の2015年のライヴ映像

 

ちなみにバンド名は、急遽ピンチヒッターとしてステージに立つことになり、たまたま楽屋でペンギンのぬいぐるみを見つけて、そこから〈Penguin〉との語呂合わせで〈GoGo〉を付けてゴーゴー・ペンギンになったのだとか。そんな微笑ましいエピソードとは対照的な、硬派でチャレンジングな音楽性を把握するために、まずは『Man Made Object』のコンセプトについて説明しているクリス・アイリングワースの発言を引用しよう。

「(アルバムは)ロボット工学、トランスヒューマニズム、そして人類の増強に対する僕の興味に一部インスパイアされているんだ。僕たちはアコースティック楽器でエレクトロニック・ミュージックを再現している。まるで人間になった〈マン・メイド・オブジェクト〉、つまり人工物だよ。だからこそ、この言葉がアルバム・タイトルに相応しいと考えた」

確かに彼らの演奏は、ジャズをベースにしながらもテクノやハウスに近いフィーリングを内包しており、どこか人工物のように聴こえなくもない。そして実際に、収録曲の多くはLogicやAbletonといったシーケンス・ソフトで作ったスケッチを基に制作したのだという。ジャズ・プレイヤーというよりもトラックメイカーに近い制作プロセスを踏むことで、普通にスタジオでセッションを重ねても到底思いつきそうにない複雑なフレーズをラップトップ経由で手繰り寄せ、それらを「手足を失った人が義肢を使うのと同じように」(クリス)ピアノ・トリオの様式へとトレースすることで、プログラミングでは表現不可能なダイナミズムを生み出している。それがゴーゴー・ペンギンの持ち味だ。

2014年のライヴ映像

 

このストイックな作曲プロセスを成立させているのが、音数やBPMの増減に左右されることなく微細なニュアンスまで表現できる、各メンバーの演奏スキルと豊富な引き出しであるのは言うまでもない。その一方で、〈テクニックをテクニックのためには使わない〉と本人たちも語っており、磨き抜かれた刃のようなアンサンブルは引き算の美学に支えられている。さらに、(多くの新世代ジャズ勢と同様に)あくまでも生演奏の可能性にこだわっており、打ち込みには一切頼っていない。

例えば、『V2.0』収録曲の“One Percent”では、ミニマルでスリリングな人力ドラムンベースから、演奏のフィニッシュに用意されたコンピューターのバグを思わせるグリッチ・ノイズに至るまで、レコーディングはもちろん、ライヴにおいても生演奏で再現している。同様のテクニックは『Man Made Object』の2曲目“Unspeakable World”でも使われており、スイッチを押すかの如く緩急を使い分ける展開は実にスリリングだ。さらに、同作のクロージング・ナンバーである“Protest”はiPhoneのアプリでプログラミングされたTR-808系のビートを生ドラムで叩き直しており、マシナリーなリズムとスピード感のあるベースラインとのせめぎ合いは興奮せずにいられないだろう。

冨田ラボ氏と柳樂光隆氏によるデヴィッド・ボウイ『★』についての対談記事で、冨田氏は「最近のジャズの傾向としては、〈グラスパー以降〉のJ・ディラとか黒っぽいサウンドにスポットが当たっているもんね。だから、そうじゃないほうの新しいジャズ・ミュージシャンによるサウンドということで、(中略)黒くて訛ったリズムとは別の、いまっぽいリズムのおもしろさが伝わるといいね」と語っているが、ゴーゴー・ペンギンも昨今のネオ・ソウル再解釈とは異なるもうひとつの文脈を、イギリスの側から提示しているとも言えるだろう。

『V2.0』収録曲“One Percent”のライヴ映像。グリッチ・ノイズ的な演奏は5分過ぎから

 

『Man Made Object』“Protest”のライヴ映像

 

DJカルチャーで培った音響デザインへのこだわり 

2015年にはジャイルズ・ピーターソンの主宰するブラウンズウッドが毎年リリースするコンピレーション・シリーズの2015年版『Brownswood Bubblers 11』にはゴーゴー・ペンギンの“Kamaloka”が収録されているが、クラブ・カルチャーとも密接なUKならではの音楽環境は、ゴーゴー・ペンギンにも確実に影響を与えている。

『V2.0』収録曲“Kamaloka”

 

原雅明氏も『Man Made Object』の日本盤ライナーノーツで紹介していた、ジャイルズの依頼でメンバーたちが影響源やリアルタイムの刺激的な曲をセレクトしたミックス音源〈This Week's Guest Mix〉(現在はトラックリストのみ公開)には、マシュー・ハーバートレディオヘッドFKAツイッグスコード9などに加えて、ジョン・ケージヴァンゲリスの楽曲も含まれている。この選曲からも窺えるように、トリップホップドラムンベースなどUKのクラブ・シーンが黄金時代を迎えた90年代を経て、マシュー・ハーバートのビッグバンドやシネマティック・オーケストラのようにジャズとクラブ・シーンが交わり、ダブステップが隆盛を誇った2000年代に育ったゴーゴー・ペンギンの3人が、現代音楽の洗礼を受けたあとに上述のコンセプトに辿り着いたのも、自然な流れだったのだろう。

ちなみに、『Man Made Object』の配信限定デラックス・エディションには、そのハーバートとダブリーストレイの3人がリミックスを提供している。個人的に興味深かったのは、骨格を浮き彫りにした独自のビートメイキングで一時代を築き、J・ディラとのコラボでも知られるダブリーと、最小限のトリオ編成でエレクトロニック・ミュージックの再構築を目論むゴーゴー・ペンギンの邂逅で、シーンの移ろいを確かめる意味でも興味深い人選だと思う。

〈This Week's Guest Mix〉にセレクトされた、マシュー・ハーバートの2007年作『Score』収録曲“Nicotine”

 

ダブリーの2001年作『One/Three』収録曲“Hyped-up Plus Tax”

 

エレクトロニック・ミュージックの影響は『Man Made Object』にも如実に反映されている。フォー・テットにインスパイアされたという“Branches Break”では、エフェクト・ペダルで加工されたベースの生み出すアンビエンスや、繊細なフレーズを折り重ねていくピアノによってエレクトロニカに通じるサウンドスケープが描かれる。“Weird Cat”は超高速ビートを伴った〈アコースティック・ダブステップ〉とでも呼べそうな演奏で、リード曲の“All Res”では、弓引きも交えた立体的なベースラインと共に、エモーショナルな旋律を奏でるピアノが耳を引く。クラシック音楽にも精通するクリスは、ラフマニノフなどのロマン派に通じるメロディアスなタッチから、より点描的でアブストラクトな表現まで自在に弾きこなし、バンド演奏に未来的なカラーを添えている。

『Man Made Object』収録曲“Branches Break”のライヴ映像

 

音響デザインへのこだわりについても触れておこう。プリペアド・ピアノを用いたミニマルな音響構築や、シンセの音色を再現するためにキッチンペーパーでピアノの弦を湿らせるなど、アコースティック演奏の新たな地平をめざす実験的なアプローチも彼らのトレードマークだ。そして、ジョー・ライザーブレンダン・ウィリアムズによるエンジニアリングも『Man Made Object』を特別な一枚に仕立て上げている。

実質的な〈第4のメンバー〉であるジョーの貢献は特に大きいようで、「彼は一つ一つの音に手を加えられるよう、莫大な数のマイクを使うんだ。低音はよりヘヴィーなものにし、中間音にはよりパンチを効かせるという、通常のジャズ・トリオ作品とはかなり異なるミックスが施されている」とニックは語る。確かに、アルバムをよく聴けば、太く生々しいキックやメタリックな音響など、過激なポスト・プロダクションが施されていることに気付くだろう。ジョーは彼らのライヴにも帯同しており、PAエンジニアが操作する卓も楽器のひとつと見なしたライヴへの姿勢は、かつての音響派から〈ジェイムズ・ブレイク以降〉のミュージシャンと同様に、テクスチャーへの並々ならぬ意識を物語っている。

あのジェイミー・カラムも「音楽史のすべてを取り込んだような、本当に素晴らしいモダン・ピアノ・トリオ」だとゴーゴー・ペンギンを絶賛しているが、ダンスフロアとジャズ・ヴェニューを自由に行き来できる〈アコースティック・エレクトロニカ〉は、これからジャンルの垣根を超えて注目されるに違いない。

約1時間の演奏がフル収録された、2015年のライヴ映像