2015年夏、ドクター・ドレーの16年ぶりの新作『Compton: A Soundtrack』で計6曲にフィーチャーされたことで俄かに世間をざわつかせた男、アンダーソン・パック。正直、その重宝されっぷりは当初意外に感じられたものだが、LAアンダーグラウンドに収まりきらない彼の溢れんばかりの才能は、ドレーも1曲や2曲じゃ我慢ならなかったに違いない。以降はドレー効果もあってか、これまでに増して賑やかなフィーチャリング仕事を重ね、その追い風はますます強くなっている。
そんな絶好のタイミングで登場したのが、アンダーソン・パックのセカンド・アルバム『Malibu』だ。スクールボーイQやゲームが参加した名曲揃いの先行カット群にこれまでの彼にはなかったスケールを感じつつ、マッドリブやロバート・グラスパーなど続々と大物の参加があきらかとなり、とんでもない作品になっている匂いがプンプン。ここでは、アンダーソン・パックが地道に築いてきた音楽キャリアを辿りつつ、さまざまなプロデューサー陣を迎えながらも1本筋の通ったアンダーソン節を聴かせる新作『Malibu』を徹底解剖する! *Mikiki編集部
ヒップホップ・シーンの時の人であるシンガー/ラッパー/プロデューサー、アンダーソン・パック。ドクター・ドレーが『Compton: A Soundtrack』において6曲で起用したLAの新鋭……という惹句が付いて回っているものの、もはやそんな七光りも必要ないほどに、セカンド・アルバム『Malibu』は大評判を呼んでいる。その良作ぶりは彼がただのハイプではなかったことを証明したと言えるが、ここに至るまでに積み重ねてきたものを知れば、さらに合点がいくはずだ。
86年、カリフォルニア生まれのパック。アーティスト名は韓国人である母親のファミリー・ネーム=朴(パク)に由来するが、キャリアの初期は〈ブリージー・ラヴジョイ〉なる名でラッパー/プロデューサーとして活動していた。なかなかチャンスに恵まれず、さらには昼の仕事でリストラの憂き目に遭い、路頭に迷ってしまった彼を救った恩人が、サー・ラーのひとりであるシャフィーク・フセインだった。シャフィークの家に住みながら音楽制作を手伝うなか、2012年にはブリージー・ラヴジョイ名義でミックステープ『Lovejoy』『O.B.E. Vol.1』を発表。これらのリリースで手応えを得た彼は心機一転、本名から取ったアンダーソン・パックを名乗り、その後の快進撃が始まった。
2014年は大きな転機となった年で、シャフーク・フセインのEP『It’s Better For You』への参加をはじめ、LAビート・シーンのマイロ『A Toothpaste Suburb』やトキモンスタ『Desiderium』、サー『Seven Sundays』に客演し、白人ラッパーのワトスキー『All You Can Do』をプロデュースするなどの仕事を経て、ついに初アルバム『Venice』をリリースする。同作はインディーR&Bからトラップ、LAビート、ハウス、90年代ヒップホップ風までじつに幅広く、雌伏の時期に積み上げたスキルと実力を存分に注ぎ込んだと思わせるものだった。
そんなアルバムの内容と比例するように、翌2015年も仕事の幅と量は増え続けることになるのだが、なかでももっとも重要なのがストーンズ・スロウのビートメイカーであるノレッジと結成したデュオ、ノーウォーリーズ(NxWORRIES)。同年2月に発表したノーウォーリーズ“Suede”をドレーが気に入り、かの『Compton』でのパック大抜擢に繋がったのだ。なお同曲はDJプレミアの耳にも留まり、彼とBMB・スペースキッドのコラボ曲“Till It’s Done”にパックをシンガーとして迎えるきっかけになったそうだ。
その後もブレンデット・ベイビーズとのコラボ作『The Anderson .Paak EP』、韓国のR&BシンガーであるDEANとの“Put My Hands On You” 、クロンドンとシャフィーク・フセインのユニットことホワイト・ボーイズの『Neighborhood Wonderful』、メッドとブルー、マッドリブによるコラボ作『Bad Neighbor』、Soulection発のゴールドリンクの初作『And After That, We Didn't Talk』、ゲーム『The Documentary 2.5』などなど、次々とビッグネームの作品を含む客演仕事をこなし、話題に事欠かない。そんな最高の勢いのなかでリリースされたのが今回の『Malibu』なのだ。
約1年ぶりのアルバムとなる『Malibu』を聴いて気付く前作『Venice』との違いは、エレクトロニックな要素が薄まり、90年代ヒップホップやネオ・ソウルを思わせる楽曲や、バンド感のあるサウンドが中心となったことだ。そしてもうひとつ、アンダーソン・パック自身のヴォーカル表現が格段にエモーショナルになり、〈黒さ〉を増したことが挙げられる。音の幅広さを志向するよりも、統一された世界観のなかで深化をめざしたような作品と言えるだろう。
今作のプロデュースにはマッドリブや9thワンダー、ハイ・テック、デム・ジョインツ、ケイトラナーダ、クリス・デイヴなど豪華なメンツが大挙して参加している。ゲストもゲームにスクールボーイQ、タリブ・クウェリ、BJ・ザ・シカゴ・キッド、ラプソディなどメジャー感のあるラインナップで、〈『Compton』以降〉の彼の地位の向上っぷりが見て取れる。ちなみにドクター・ドレーはインターネット・ラジオ〈Beats 1〉内に持つ自身の番組で、『Malibu』から“Come Down”をプレミア公開し、ケンドリック・ラマーもアルバムを推薦するツイートをするなど最強のお墨付きも得ている。これで話題にならないはずがない。
https://t.co/WWRIasuImt Please Do.
— Kendrick Lamar (@kendricklamar) 2016, 1月 15
アフターマスの重要人物・DJカリルが制作した、ネオ・ソウルが息づく“Heart Don't Stand A Chance”、マッドリブ製の美しく鋭角なビートの上で小気味良いラップとディアンジェロ風の浮遊コーラスを聴かせる“The Waters”、9thワンダーとカラム・コナーが枯れた味わいを醸す“The Season/Carry Me”でのフリーキーな歌唱など、アルバム冒頭からソウルネスを色濃く出し、シンガーとしての矜持を見せつけてゆく。ディアンジェロ、ビラルあたりを彷彿とさせる歌い口は、今年で30歳という、ちょうど10代半ばでディアンジェロの2作目『Voodoo』以降の革新的なネオ・ソウルの直撃を受けた世代ならではか。
また、ブギー/ディスコな“Am I Wrong”やケイトラナーダ作のスムース・ダンサー“Lite Weight”を軽やかに歌いこなす様もスタイリッシュで、決してスキルフルでないものの存在感のあるヴォーカルが放つヴァイブは格別。味のある歌唱で情熱的に歌い込むスロウ“Silicon Valley”も聴きものだ。
現行シーンのおもしろさを追いかけている人ならば、“Without You”のラストでハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームの歌声が聴こえてきたことにも興奮させられるはずだ。幅広い音楽性を誇るフューチャー・ソウル・バンド、ハイエイタス・カイヨーテの“Molasses”を引用した同曲然り、ジ・インターネットやソーシャル・エクスペリメント、ケンドリック・ラマーを支えるバック・ミュージシャンなど、いまシーンを席巻するバンド・サウンドや新世代ジャズとの同時代性という点も本作の大きなトピックだろう。
“Water Fall (interluuube)”ではクリス・デイヴがロバート・グラスパーやピノ・パラディーノらを招いて演奏しているし、DJカリル作の“Your Prime”でキーボードを弾いているのはケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』に参加していたサム・バーシュだ。ケンドリック・ラマー、ディアンジェロ、新世代ジャズといった現行シーンのキーワードを横断する『Malibu』の重要性は特筆に価する。
今年はノーウォーリーズとしてストーンズ・スロウからのアルバム・デビューも控えているアンダーソン・パック。つい先日、ドクター・ドレー主宰レーベルのアフターマスと契約したというニュースが飛び込んできた。かなり急角度なスターダムへの階段を登りつつあるが、確固たるスタイルを持ちながらもトレンドとの適切な距離感も兼ね備えた彼がそのステップを踏み外すことはないのだろう。