今回の課題盤
ARCHIE BELL & THE DRELLS Where Will You Go When The Party's Over? Philadelphia International(1976)
自分が70年代の録音が好きなのはなぜか、その答えのひとつがわかった
「そういえば前回の(小杉)隼太くんとの対談記事を、OBKRくんが読んでくれたらしいです。すごくおもしろかったと言ってくれましたよ。同業の人がそう言ってくれて嬉しいですね」
★参考記事
【ハマ・オカモトの自由時間】第15回 間違った奴の人気が出たら潰そうぜ! Hsu(Suchmos/SANABAGUN.)迎えた同世代ベーシスト対談
――おお、それはありがたい。
「隼太くんが自身のことをいろいろ話しているのはそんなに世に出ていないし、知りたい人もたくさんいたでしょうから――ということで、振り返ってみました(笑)」
――わざわざ気を遣っていただいて(笑)。
「あと、前にアンダーソン・パックがスクールボーイQとやった“Am I Wrong?”(2016年作『Malibu』収録曲)がカッコイイという話をしましたよね。僕らが配信リリースしたシングル“Burning Love”を制作するにあたって、ちょうど“Am I Wrong?”を聴いていたので、“Burning Love”のベース・ラインはその楽曲に感化されています」
――へぇ、それはおもしろい! まさかそこからヒントが得られるとは。
「スタジオに着く3分前に聴いていて、〈あ、これがイイ!〉と(笑)。前日までまったく思い浮かばなくて、どうしようかと思っていたところで」
――ということで……またもやそれからだいぶ開いてしまいましたね(私のせいです)。
「ずいぶん開きましたね。最近は47都道府県ツアーに出ていたのでいろいろと聴いていましたが、少し前にAORを齧りまして。スキマスイッチの常田(真太郎)さんがすごく詳しいので、お家に遊びに行って夜通し教えてもらうという会があったんです。AORの会だったのですが、そこにフィリー・ソウルのボックスがあって。フィリー・ソウル、フィリー・ダンサーといった言葉はよく聞きますが、きちんと聴いたことないなと思ったんです。そのボックスにはいわゆるフィリーの大名盤のような作品は入っていないけど、ある程度は網羅されているとのことだったので、価格もお手頃なボックスを購入してみまして。それで聴いたら……すごくハマりました。録音的には70年代が好きなので違和感はなくて」
――わー、突然やってきましたね。ハマくんは60~70年代のソウルはたくさん聴いているけど、フィリー・ソウルはノータッチな印象だったのでびっくりです。
「そうなんです。なので、いまはギャンブル&ハフ※が主宰するフィラデルフィア・インターナショナル(PIR)とそのサブ・レーベルのTSOPからリリースされた、73年から83年くらいまでの作品……そんなに高額じゃないものを見つけたら買うようにしています。やっぱりハズレがない」
※ケニー・ギャンブル&レオン・ハフから成るプロデューサー・デュオ。フィラデルフィア・インターナショナルの創設者であり、フィリー・ソウルの生みの親であるすごい人たち
★参考記事
bounce連載〈IN THE SHADOW OF SOUL〉:フィリーの真髄(2010年9月号)
⇒フィリー・ソウルとは? PIRとは?がざっくりわかります
――まずはそのレーベルから聴かないとフィリー・ソウルは始まりませんもんね。
「特に2人組のマクファデン&ホワイトヘッド※。いまのところ3枚買いましたが、どれも良かったです」
※ジーン・マクファデンとジョン・ホワイトヘッドによるデュオで、ソングライター・コンビ。スタックスのエプシロンズのメンバーとしてキャリアをスタートし、のちにトーク・オブ・ザ・タウン名義でも活動。70年代に入ってPIRの専属ソングライターとなり、オージェイズやハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツらのヒット曲を多く手掛けた。みずからも“Ain't No Stoppin' Us Now”などレーベルを代表するナンバーを放っている
――マクファデン&ホワイトヘッドのスタジオ・アルバムは3枚だけみたいですよ。
「そうなんですね。じゃあコンプリートしました。全部良かったですよ! それまでのソウル・ミュージックはサウンドも歌詞もブルース的な感覚が強かったと思いますが、フィリー・ソウルはすごく明るく、都会的になって……本当の意味での〈シティー・ポップ〉とはこういうこと言うのかなと思うくらい。僕はいまジャンルとして使われているシティー・ポップがどういう意味かよく理解していないのですが、開けた感じというか。人種の垣根を越えた人気を得て、ニュー・ソウルと呼ばれるもののひとつになったジャンルだという話を聞いて聴きはじめたので、すごく納得できました。フィリー・ソウルの特徴的なストリングスとホーン・アレンジを聴いた後にシックを聴くと、やっぱりナイル・ロジャースは頭がおかしいなと思って(笑)。使い方が全然違うので」
――アハハ、確かに(笑)。
「とはいえ、フィリー・ソウルはフィル・インがストリングスだったりするので、シックもそういうところを採り入れて自分たちなりにアップデートしていたんだと、ようやく繋がりました。でもいわゆるフィリー・ソウルらしいものもいいんですけど、そうじゃない曲もすごくいい。アーチー・ベル&ザ・ドレルズというグループがいるじゃないですか。やっぱり“Tighten Up”(68年)がいちばん有名だと思うし、僕が学生の頃はバンドだとも思っていましたが、彼らはコーラス・グループなんです。“Tighten Up”はコマーシャル・ソングで、TSUトルネードスというバンドが演奏していた。彼らはその曲が大ヒットして以降、フィリー・サウンドになっているんです※。ある日、僕がレコード屋で掘っていたら、アーチー・ベル&ザ・ドレルズのアルバムが出てきたのですが、“Tighten Up”のイメージとはまったく違う、お洒落な感じになっていて。しかもPIRから出ていたので、あ、そうなんだと。なんの予備知識もなく買ったら、それが本当に良かったんです。“Don't Let Love Get You Down”という76年の楽曲です」
※アトランティックから発表した“Tighten Up”のヒット直後にギャンブル&ハフが手掛けた“I Can’t Stop Dancing”をリリースし、こちらもヒット。75年にはPIRへ移籍している
「この楽曲が入っているアルバム(76年作『Where Will You Go When The Party’s Over?』)も本当に格好良くて。調べたら、PIRに移籍して人気が復活したようで。この曲や、次の“Right Here Is Where I Want To Be”あたりも有名だと知りました。フィリー・ソウルがいいと思うようになったのは“Don't Let Love Get You Down”がきっかけです。これで〈すっごくイイ!〉という印象になりました」
――麗しいディスコ・チューンで、フィリー感も申し分ないですよね。ハマくんはどういったところにグッときたんでしょう?
「いちばんグッときたのは、やっぱり〈“Tighten Up”の人〉というイメージがあったからですね。名プロデュース・チームが手掛けている(マクファデン&ホワイトヘッド作)というざっくりとした情報はあっても、そのあたりの音楽に詳しくないとそこは感じ取れないと思うんです。でもこれを聴いて、同じグループなのに音の手触りから何からガラッと変わっていたことに興味を持って、いろいろと聴いてみようと思いました」
「僕は70年代の録音は、個人的に余計だと思っている楽器や音色が誕生していないし、録り音もとてもいいので特に好きなのですが、いろいろ調べるとフィリー・ソウルは録り方も革新的で、スタイリスティックスがアヴコ(Avco)というレーベルから出したファースト・アルバム(『The Stylistics』)は、スタジオ録音のレコード作品としてすごく革新的だったそうです。オートメーションの卓を初めて作ったのがフィリーのスタジオ(シグマ・サウンド・スタジオ)だったそうで。それまでは食堂のおばちゃんを呼んできて操作を手伝ってもらっていたりしたらしいのですが、オートメーションで動くのはフィリーのスタジオが初めてで、だからストリングスなどのミックスをこれほどのクォリティーで録音できたと聞きました。このスタイリスティックスのアルバムは71年作ですが、同じ年にリリースされた他の作品とは音質があきらかに違う。自分が70年代の録音が好きなのはなぜなんだろうと前から言っていますが、そのひとつの答えがフィリー・ソウルを聴くことによって出た気がします」
★参考記事
bounce連載〈IN THE SHADOW OF SOUL〉:ILLadelphia 新しいフィリーの光と道(bounce 2002年10月号)ギャンブル&ハフのインタヴュー
⇒こちらでもチラッとスタジオについてのエピソードが語られています
※シグマ・サウンド・スタジオについては高橋健太郎著「スタジオの音が聴こえる 名盤を生んだスタジオ、コンソール&エンジニア」に詳しい