ソウルフルでイルマティックな真の美しさに覚醒し、アリシアはいまここに立っている――不動の歌姫がクリエイティヴの限りをブレンドした圧巻のニュー・アルバム!!

 

NYへの思い

『Girl On Fire』から4年ぶりとなる新作『Here』はまず、ノーメイクで少し乱れたアフロ風ヘアのジャケットが目を引く。最近のアリシア・キーズは公の場にもノーメイクで登場しているが、そうすることで「自分がすがりついていた他の多くのことについても払拭できたと気付いた」(以下、発言はオフィシャル・インタヴューを抜粋アレンジしたもの)そうで、自分を見つめ直す場所(=Here)に辿り着いた彼女は、「自分のなかの傷つきやすく弱い部分も認めながら」自身の気持ちや感情を濁りなく伝えることが大事だと悟ったという。

〈ありのままの私〉を謳った2007年作『As I Am』の時も似たようなことを言っていたが、本作では、張り詰めた空気が世界を支配する現代において、〈私〉だけでなく〈私たち〉が感じている複雑な感情や疑問をリスナーに投げかける。それは2014年に単発配信した“We Are Here”のテーマにも通じているが、新作はこうした気持ちに突き動かされて、彼女いわく「訴求性のある、荒々しくてリアルで正直な音楽」と相成った。

ALICIA KEYS Here RCA/ソニー(2016)

 2014年12月に第二子を出産したアリシアは現在、夫スウィズ・ビーツの連れ子も含めて仲良く過ごしている。その連れ子の母であるマションダまでもが登場するMVも話題のシングル“Blended Family(What You Do For Love)”では、同じNY出身のエイサップ・ロッキーを招き、エディ・ブリッケル&ニュー・ボヘミアンズの88年曲“What I Am”のメロディーを一部弾き直したフォーク・ロック的なサウンドに歯切れの良いビートを組み合わせ、「ひとつの共同体としてお互いを愛し合い支え合っている、現代の多種多様な家族のあり方」を高らかに歌い上げる。プロデュースは、以前から〈男版アリシア・キーズ〉と言って絶大な信頼を寄せていたマーク・バトソンとアリシア本人。これ以外の多くの曲では、主役のアリシアとブロンクス生まれの夫スウィズ、ブルックリン生まれで元ゲット・セットV.O.P.バトソンというNY出身者、および主にリリックを書いたハロルド・リリーの4人(クレジット上ではハロルドを除く3人)を主要メンバーとしたイルミナリーズというチームがメイン・プロダクションを担当している。そこには準メンバーと呼べる人も何人かいるようで、ベースやギターを弾いているミュージックマン・タイ(スウィズ一派で、スヌープ・ドッグNao Yoshiokaの『The Truth』にも関わっていた気鋭)もそのひとりなのだろう。

 作業中は「NYっぽいエネルギーに溢れていた」そうで、「その上でフォークやブルース、ゴスペルみたいなサウンド、ギターやピアノを掛け合わせてみたら、私をインスパイアしてくれたものすべてを完璧に定義するものが出来上がった」という。そうして完成した楽曲はオーガニックにしてアグレッシヴ。まさしく福音を説くような“The Gospel”から、ウータン・クラン“Shaolin Brew”のループをアタックの強いドラム・プログラミングとピアノで再現し、何かに立ち向かうかのようにラップ調で鋭く、力強く言葉を吐き出していく。終盤のクワイア的な合唱に混じって〈And They Sing New York City!〉と叫ぶアリシアはマンハッタンのヘルズ・キッチン地区育ち。「私はNYが大好きでしょうがないのよ。私を育ててくれたNYという存在が、私がやるすべての面に表れてくるのは自然な流れだと思うわ」と言うように、NYへの思いがアルバム全体に滲む。

 

壁はなくなる

 NYの地下鉄車内アナウンスに導かれて始まる“She Don't Really Care”はアリシア&スウィズとミュージックマン・タイの制作で、乾いたビートに乗ってセクシーな歌声を放っていくアリシアに、ロイ・エアーズが“We Live In Brooklyn, Baby”的なムードを匂わせながらヴィブラフォンと歌でメロウに迫る。“Empire State Of Mind”とは別角度からのNY讃歌とも言えるこれには、ロイ絡みのランプ“Daylight”を引用したア・トライブ・コールド・クエスト“Bonita Applebum”の一節も絡めているが、ここからメドレー的に繋がる“1 Luv”ではナズ“One Love”のフレーズを引用しており、先のウータン・クラン曲ネタも含め、90年代NYヒップホップにさりげなくトリビュートを捧げているあたりもアリシア(とスウィズ)らしいと言えそうだ。

 イルミナリーズは4人が集まったからといって足し算的に音を重ねていくのではなく、シンプルなビートを用いながらナチュラルなジャケットよろしく大胆な引き算方式で初期のアリシアを思わせる原点回帰的なアプローチをしている。〈ピアノと私〉な雰囲気を再現したような“Where Do We Begin Now”もそんな一曲だし、ダニー・ハサウェイばりのブルージーネスに叫びのようなヴォーカルが突き刺さる“Illusion Of Bliss”、ビル・ウィザーズを思わせるミディアム・バラード“More Than We Know”、グレイス・ジョーンズ“La Vie En Rose”をレゲエ方向に寄せたような“Girl Can't Be Herself”あたりは、バトソンが手掛けたアンソニー・ハミルトンの最近作『What I'm Feelin'』にも共通する素朴な音がアリシアの肉声(言葉)を浮き彫りにする。アリシア本人のプロデュースでエミリー・サンデーと共作したカントリー・ブルース調の“Kill Your Mama”も同様だろう。また、生ピアノで弾き語る“Work On It”は、ファレルがあえて初期のアリシアをイメージして作り上げたようなスロウ・バラードだ。

 カスケイドブラック・コーヒーによるリミックスが誕生したのも納得なトロピカル・ハウス調のシングル“In Common”を手掛けたイランジェロによるフォーキーな“Holy War”は、詩人で作詞家のビリー・ウォルシュがペンを交えたメッセージ・ソング。アルバム本編のラストを締め括るこの曲でアリシアは、お互いが憎み合ったり恐れたりせずオープンになれば壁もなくなると歌い、それはつまるところ誰かを愛することだと説く。また、先行発表されるもボーナス・トラック扱いとなった“Hallelujah”は、ジミー・ネイプスサム・スミスの時と同じようにシンプルな音でビッグなスケールに仕上げた曲を、どうしたらお互いが恐怖をなくして信頼が生まれるかとエモーショナルに歌い上げる。まるで説教師のように。

 今年2月からは、過去に“A Woman's Worth”などを共作し、ツアーなども仕切っていたエリカ・ローズ(2007年にアルバム『Rosegarden』も発表)がマネージャーに就任。ためらうことなく意思表明ができたのは彼女の存在も大きかったのではないか。ファミリーの結束を強め、あらゆるものを削ぎ落として生身の姿をさらけ出したアリシアはいま、リスナーとも距離を縮め、絆を深めている。

 

『Here』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

関連盤を一部紹介。