Steve Reich(C)Jeffrey Herman

スティーヴ・ライヒ 80th Anniversary
日本公演に4年ぶりに来日!

 2017年3月、東京オペラシティコンサートホールにてスティーヴ・ライヒの80歳記念の公演が開催される。ファンの間では待ちに待った、作曲家の4年ぶりの来日となる。演奏曲目には、おなじみ《クラッピング・ミュージック》(1972)に、《マレット・カルテット》(2009)、《カルテット》(2013)など最近の作品が並ぶが、多くのリスナーにとって目玉となるのは、なんといっても公演名ともなった《テヒリーム》(1981)だろう。

 

ターニングポイントとなった《テヒリーム》(1981)

 《テヒリーム》は、ヘブライ語で詩編を意味し、スペルの中のh、l、lの三文字は「アレルヤ(Halleluyah)」の語根でもある。テクストは、旧約聖書の詩編から抜粋されており、そこに彼の今までの作品では見られなかった調性的なメロディがつけられている。《テヒリーム》は、彼のユダヤ性を表出させるきっかけとなり、以降の作風のターニングポイントともなったのだが、それまでの彼の作風の変遷をざっと追って確認してみよう。

 まず、言葉と音楽の関係性とはなんだろうか。歌や語り、それぞれの状況に適した言葉と音楽の可能性とはいかなるものだろうか。コーネル大学の哲学科にて、ウィトゲンシュタインを研究していたライヒは、そのような言葉と音楽の関係性について当然思考してきただろうし、また実際の製作において実践してきた。彼の音楽の作風は、根本的には、言葉の問題に向き合うことで変遷し、進化=深化してきたと言っていい。

 学生時代の彼は、他の生徒と同様、習作として書かれた言葉にメロディをつけたことがあった。具体的には、1936年生まれの彼にとって鮮烈に感じていたであろう、同郷の詩人たち、ウィリアム・カルロス・ウィリアムズチャールズ・オルソンロバート・クリーリーの詩にメロディを付けたが、ある種の不自由さを感じて放棄してしまう。

 転機は、ライヒが50年代後半から電子音楽への関心から生じた。当時、電子音楽には狭義のエレクトロニックミュージックとミュージックコンクレート、美学の異なる2つの領域が存在した。狭義のエレクトロニックミュージックにおいては、電子機器の内部でサイン波から音楽を作るという美学があり、他方で彼が興味を持ったコンクレートでは、具体音が録音され、そのあとテープによって編集を施す美学的な方法論に依っていた。しかし、コンクレートにも自分との相性の悪さを見つけてしまう。例えば、車の衝突音を録音したとする。それをテープに録音したとして、直接的に衝撃音と分かるレベルで作品に生かされる訳ではないのだ。逆回転させたり、2オクターブ下げたり、変調させることにより、「奇妙(weird)」な音をつくることに主眼がおかれているジャンルであり、具体音の抽象化が必要であったのだ、とライヒは語る。

 また、シュトックハウゼンやベリオといった電子音楽の傑作を聞いて、それらを傑作たらしめている条件とは、具体性と意味性を完全には失わない人間の声の編集にあるのだと気がついた。例えば、前者では、男子の声による《少年の歌》、後者では当時作曲家の妻だったキャシー・バーベリアンが『フィネガンズ・ウェイク』を朗読した《テーマ ジョイス賛》といった具合に――。

 電子音楽における、言葉と音楽を巡る思考的な変遷を経て、さらには映画音楽の仕事でスポーツの名選手の録音された言葉を編集した経験から、新しい言葉と音楽との関係性を求めた。そして自由度は高いが、同時に意味性や具体性を持った、スピーチやインタヴュー、スポーツの解説などの「スポークンワーズ」の抜粋による作曲に行き着いた。

 試行錯誤の中、ライヒの初期の傑作である《イッツ・ゴナ・レイン》(1965)や《カム・アウト》(1966)が生まれた。前者はサンフランシスコの街頭で説教をする若い黒人牧師、後者は19歳の男子の声が録音されたテープの短い抜粋を反復させ、また複数の反復からずれを生じさせた。2台のテープループの速度を変えて生じさせる、声のずれや反復によって、言葉が本来持っていた意味性が剥奪され、しだいに純粋な音響となって非人称化されていく。ライヒは、それを「漸次的位相変移プロセス」と呼んだのだった。

 

ライヒ初期の音楽的アイディアを発見

 さて、肝心の《テヒリーム》だが、今回は室内楽版に近い楽器構成であり、4人の女声、6つの木管楽器、2台の電子オルガン、弦楽器アンサンブルが使用される。詩編は全部で150あり、その中から、ユダヤ教徒、非ユダヤ教徒双方に通用する普遍度の高いものが選ばれた。構成は「急-急-緩-急」の4部構成で、1部では、神の栄光を賛美「詩編19:2-5」が、2部では、生きることに関する倫理「詩編34:13-15」を示す文が抜粋されている。また3部では、他者への慈しみを表す言葉「詩編18:26-27」が、4部には、最後の詩編であり、神を賛美せよと歌われ「詩編150:4-6」、ヘブライ語話者でなくても理解出来る「ハレルヤ」という言葉が何度も繰り返され、締めくくられる。

 メロディ主体の作曲は、詩編のヘブライ語のテクスト、そしてその分節に関して、じっくりとライヒが考察することから始まった。60年代の中盤から、自らの出自としてユダヤ教の音楽に目を付けていたライヒは、その言語であるヘブライ語によるテクストをどう音楽に使えるかを考えていたのだろう。すると、トーラーや預言の書には、2500年もの間、シナゴーグなどで歌われてきた伝統的な詠唱法が存在しており、現代音楽の作曲家が使うにしては自由度が低いことがわかる。対して、詩編に関しては、そもそも詠唱法自体が失われてしまったので、模倣や無視する必要がなく、何かを自由に作曲する余地が残っていると判断する。言葉をもとにメロディに作る際、音高に対する規則は自由であり、実際に作曲の自由度は高かった。また、ヘブライ語の持つ独特な音節を尊重することは、そのままそこから自然に生じる、2拍と3拍のグループを複雑に構成することを強制させ、連続的に不規則な変拍子を使って、作曲する必然性が生じた。それまで自作品で使用した固定された拍子、また彼が慣れ親しんだストラヴィンスキーや、バルトークが多用していた5/8拍子や7/8拍子で構成されるブルガリアンリズムとは異なる、新しいリズムの構成が初めて可能となったのだ。かくして、ライヒは《クラッピング・ミュージック》以降志向していた複雑なリズムの構築と拡張を、メロディと共存させることに成功し、今までにない自由を得たのだった。

 しかし、そのリズム的な新鮮さにも関わらず、そこにライヒ初期の音楽的アイディアを発見することも可能だ。各楽章のメロディはそれぞれの最初に存在し、それが元になって各楽章全体に展開されている。《テヒリーム》の基本的な音楽単位は、25秒もしくはそれ以上持続するメロディから構成されていて、基本的にはそのオリジナルのメロディの変奏、または反復に近く、以前のライヒの作品との連続性が保たれていると言える。1部と4部で聞こえる4声のカノンは、リスナーに《イッツ・ゴナ・レイン》や《カム・アウト》を思い出させる。

 

打楽器の溢れ出す律動感と、大人数での色彩豊かなオーケストレーション

 《テヒリーム》の魅力はしかし、それだけではない。ライヒはさらに、バロックやそれ以前の西洋の音楽的伝統への関心から由来する対位法、機能和声、そしてオーケストレーションを、創作したメロディをもとに繋げていく。4名の女性による凛と澄んだ歌声と、旧約時代の中東を想起させる拍手やマラカスなど、打楽器の溢れ出す律動感、大人数での色彩豊かなオーケストレーション、それらが美しくバランスよく配合されているのだ。

 今回の公演では、前回の来日で好評を博し、ライヒ作品を完全に体得しているコリン・カリー・グループシナジー・ヴォーカルズがやってくる。そして、80になっても反権威の象徴として野球帽をかぶり、ときにミキサーの前に立って自作品の実演を見守るほど、自作の音響的操作にうるさいライヒが演奏に立ち会う。豊饒で充実した貴重な音楽的体験の約束されている日が、今から待ち遠しい。

スティーヴ・ライヒ(Steve Reich)[1936-]
ニューヨーク生まれ。現代音楽家/作曲家。コーネル大学卒業後、ジュリアード音楽院で学ぶ。ミニマル・ミュージックの先駆者として、現代における最も独創的な音楽思想家と評される。90年にホロコーストを題材にした『ディファレント・トレインズ』、99年には『18人の音楽家のための音楽』でそれぞれグラミー賞を受賞。2006年には高松宮殿下記念世界文化賞の音楽部門を、 2009年には『ダブル・セクステット(フランス語版)』でピューリッツァー賞音楽部門など受賞多数。今回4年ぶりの来日となる。

 

寄稿者プロフィール
大西穣(Joe Onishi)

東京生まれの音楽家/翻訳家。バークリー音楽大学にて作曲を学ぶ。自身のグループでNYのThe Stoneなどに出演。2013年からcafereggioというイヴェントをオーガナイズし、Pearl AlexanderAyuo米丸祥太郎ex-afterchord)らと共演。ジョン・ケージの講演の翻訳書を来年春頃に出版予定。

 


LIVE INFORMATION

スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY《テヒリーム》
○2017年3/1(水)19:00開演
○2017年3/2(木)19:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:パーカッション/指揮:コリン・カリー
コリン・カリー・グループ
シナジー・ヴォーカルズ
ゲスト:スティーヴ・ライヒ
曲目:ライヒ:クラッピング・ミュージック(1972)
ライヒ:マレット・カルテット(2009)
ライヒ:カルテット(2013)
ライヒ:テヒリーム(1981)
(2日間同一プログラム)
www.operacity.jp/
*両日ともチケット予定販売枚数終了