現代ジャズとクラブ・シーンを繋ぐDJ大塚広子のプロデュースで、精鋭ジャズメンが集結したRM jazz legacyが快進撃を続けている。昨年の〈フジロック〉に続いて今年は〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉に出演。大舞台を踏んだ勢いそのままに、セルフタイトルの2015年作に続くニュー・アルバム『2』をリリースした。前作と同様に、核を担うのはリーダーの守家巧(ベース)、坪口昌恭(キーボード)、類家心平(トランペット)という日本屈指の実力派たち。さらに本作では石若駿、松下マサナオ(Yasei Collective)、横山和明という旬の若手ドラマーが、大友良英とのコンビネーションで知られる芳垣安洋と共に大活躍を見せており、パーカッショニストの山北健一やオマール・ゲンデファルと共に濃密なグルーヴを創出している。
片やWONKは、ジャズやヒップホップ、ビート・ミュージックを折衷させた独自の〈エクスペリメンタル・ソウル〉を鳴らす新世代バンドの筆頭格。同じく石若駿やサックス奏者の安藤康平、ラッパーのJuaやDIAN(KANDYTOWN)とフレッシュな顔ぶれが参加し、2016年を代表するアルバムのひとつと言える初フル作『Sphere』で一躍名を上げた。
〈レガシー=先人の遺産〉を名乗り、古いレコードの魅力を再発見するように既存のジャズへ今日的な解釈を施すRM jazz legacyと、ジャンルを自在に横断したハイセンスなポップ・ミュージックを標榜するWONKは、世代や価値観は異なれど、同じ時代を生きるトップランナーとして分かち合える部分はあるのかもしれない。そこで今回は、RM jazz legacyから大塚広子と守家巧、WONKから江﨑文武(キーボード)と荒田洸(ドラムス)を迎えて、ジャズ評論家の柳樂光隆氏を聞き手に、昔よりもジャズが自由になった現代ならではの皮膚感覚と、この先に広がる未来の可能性について話を訊いた。 *Mikiki編集部
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〈新しいジャズ〉としてコンパイルすることの意義
――大塚さんは最初、どういうきっかけでWONKを聴いたんですか?
大塚広子(RM jazz legacy)「WONKのマネージャーをやっている林(大貴)さんが〈NEW SWEETIE〉というイヴェントをオーガナイズしているんですよね。そのイヴェントでは新しい世代のおもしろい音楽を積極的に紹介しているという話を聞いて」
江﨑文武(WONK)「〈NEW SWEETIE〉はこれまでに4回開催されていて、僕らはすべての回に出演しています。そこでは同世代のNao Kawamuraやyahyel、Capesonなどと対バンしてきました」
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大塚「あと、ものんくるでも吹いているサックスの安藤康平くんと今年イヴェントで一緒になったときに、安藤くんからも〈WONKというバンドに参加している〉という話を聞いていたんですよね」
――安藤くんはシーンを繋ぐうえで、上手く間に入っているイメージがありますね。最初にWONKを聴いたときは、どんな感想を抱きました?
大塚「これはもう……すぐDJでかけようと思いました!」
一同「ハハハハ(笑)」
大塚「それに、どの曲をかけようか迷うんですよね。そういうバンドはなかなかいない。(DJをするうえで)アルバムのなかから〈この曲はかけよう〉と選ぶのは、その曲以外はスルーするのとイコールなんだけど、そういうのがなかったんです。ちょうどWONKのアルバムがリリースされたときに、〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉でDJをする機会があったのでドンピシャでした」
――WONKのアルバムを聴いてまず印象的だったのは、出音が良いなと。だから洋楽っぽい、ブレインフィーダーみたいだと言われるんだなと思いました。WONKやyahyelがいま支持を集めているのは、ミックスをきちんとやっているからじゃないかって。
荒田洸(WONK)「ただ今回のミックスも、まだちょっと日本のポップス寄りな感は否めないかなと思っていて。本当はストーンズ・スロウ周辺みたいな、もっと黒い音にしたかったんですけど」
守家巧(RM jazz legacy)「やっぱりドラマーだから、そこの響きが聴こえているんだろうね」
荒田「日本のドラムの音が大っ嫌いで。スネアの音とか」
――日本は綺麗に録音して、音を分離させることに気を遣いすぎなんですよね。
荒田「そうそう。ミックス次第で、もっとおもしろいことができるんじゃないかと思っているんですけど」
大塚「あと気になったのは、WONKがヴォーカルを中心にしているのは最初からずっと?」
江﨑「そうですね」
大塚「やっぱりそうなんだ! 前にライヴを観たときに、ジャズだと前に来るトランペットが後ろで演奏していて、そこがいまっぽいと思ったんですよ。ジャズの場合はヴォーカルがいてもセッションぽくなりがちで、楽器が前に来て……みたいなイメージがあるけど、それはもう違うんだなって。ポップと表現するのは変かもしれないけど、ダイレクトにメロディーが聴こえてくるから、それがいろんな人に伝わる要因なんだろうなと思いました」
――片やWONKは、RM jazz legacyのことをどのように見ていました?
江﨑「最初は、(石若)駿が参加していることから存在を知りました。新しい方向を向いているというか、すごく新鮮な感じに聴こえんですよね。類家(心平)さんも前々からおもしろいと思っていて。中山晃子さんというペインターとライヴをやったり、音以外でも表現したいことがあるんだろうなと。そこに共感を抱いてましたね」
――RM jazz legacyの新作『2』と同時リリースされる、大塚さん監修/選曲の新しいコンピ盤『PIECE THE NEXT JAPAN BREEZE』にWONKの“RdNet”が収録されているんですよね。日本の最新ジャズ・シーンを紹介する〈PIECE THE NEXT〉シリーズの第3弾となるわけですが、WONKはこのコンピに入っているアーティストと接点はありますか?
江﨑「Daiki Tsuneta Millennium Paradeはもともと常田大希と石若駿の2人でやっていたユニットなんですけど、アルバムでは僕が鍵盤を弾いたり、ermhoiが歌っていたりします。あと、WONKのヴォーカルの長塚(健斗)もアルバムに参加しているんですよ。長塚の声はサンプリングされて使われているので、シレッと入っている感じなんですけどね」
大塚「私も安藤くんや若いミュージシャンから、常田さんはすごいと聞いてきたし、映像がどんどん飛び込んでくるような世界観や音の録り方に衝撃を受けました。ちなみに今回のコンピレーションは、ブラジルのオーガニックなものや、NY産の……例えばMaya Hatchさんがベン・ウィリアムズやジェラルド・クレイトン、キーヨン・ハロルド、ジャマイア・ウィリアムズをバックに迎えた曲も収録しています。〈風〉をテーマに聴きやすい流れを意識しつつ、これぞ最先端なサウンドという突っ込んだ部分を見せたかった。そこに該当するのが、WONKやDaiki Tsuneta Millennium Paradeですね」
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――大塚さんはRM jazz legacyのプロデュースや〈PIECE THE NEXT〉シリーズを通じて、世代間の橋渡しをしているところもあると思うんですよね。そんな大塚さんにとって、若い世代のミュージシャンはどんなふうに映っていますか?
大塚「〈何がジャズで、何がジャズじゃないのか〉みたいなことについて、私たちの世代よりも考え方が柔軟だし、前向きに捉えているように思いますね。というのも、私たちの世代は(音楽業界の)好景気と不況のどちらも知っているせいで、ちょっとネガティヴな感じがくっ付いている気がするんですよ。〈これをやっても売れないだろう〉みたいに考えがちなんだけど、若い世代はそこから脱却して、新しいアイデアを軽やかに提示している。あとは、横の繋がりがガッチリしていますよね。楽しそうだなってすごく思う」
守家「いまは音楽を簡単に作れる時代じゃないですか。しかも、それを自分たちだけで発信することもできるようになった。僕らの時代は、CDを出すのは大変なことだったから。がんばって契約を勝ち取り、レーベルからお金を出してもらって、そこからやっとレコーディングするわけだから、絶対に赤字にならないようにするのが基本で。それができないと、メジャーだろうとインディーだろうと2年もしないうちに終わっていく。そういう光景をたくさん見てきたから、(ネガティヴな感じが)残っているのかもしれないね」
――ジャズを採り入れているミュージシャンでも、ある世代より若くなると、それ以前だと誰もが重く捉えていたモダン・ジャズと気軽に接することができている気がするんですよね。特に最近出てきている20代の人たちは、良い意味でジャズの歴史を意識しすぎていない。
大塚「ああ、そうかもしれない」
――〈PIECE THE NEXT〉シリーズに収録されたミュージシャンのなかで、〈ジャズをやらなければ〉みたいな意識が強い人はいます?
大塚「あまりいないかもしれない。〈PIECE THE NEXT〉には有名な人から地方のクラブを活動拠点にしているような人まで全部一緒くたに入れているんですけど、そもそもジャズって感じがしない曲も結構多いし(笑)。でも、それらを〈新しいジャズ〉と銘打ってコンパイルすることで、新たなシーンを浮かび上がらせることができると思うんですよね」
僕らはちょうど転換期にいるような気がする
――WONKはいわゆるジャズ・バンドではないけど、お2人はもともとジャズを学んできたんですよね?
江﨑「そうです。僕と荒田は早稲田のダンモ(モダンジャズ研究会)で出会って。その頃の同期に、いま一緒に〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉※をやっている中山拓海や、ジャズ・シーンで活躍している永武幹子、中島朱葉とかがいます」
※90年代生まれのアーティストを中心に企画/運営されるジャズ&アート・フェスティヴァル
――そちらはわりとストレートなジャズ・シーンですよね。高田馬場のイントロとかでセッションするような感じの。
江﨑「僕は中学や高校のときに、ビル・エヴァンス・トリオのレパートリーを中心としたピアノ・トリオをやっていたんですよ。大学に入ってからも、最初の頃はよくイントロとかでセッションをしていたんですけど、ある時期から作り込んだ音楽をしっかりやりたくなってきて。それからはセッション・シーンとは距離を置いている感じですね」
――じゃあいまは、〈すごい演奏がしたい〉といったモチヴェーションはそこまでない?
江﨑「なくはないけど、WONKというバンドは音楽だけをやりたい集団というわけでもないんですよ。映像でどうやって見せていくかにも力を入れていきたいし、自分たちが身に着けるものにもこだわりを持ちたい。音楽以外の面でも、いろんな価値観を提供できるグループにしようというのがコンセプトなので。もちろん、ブラック・ミュージックの文脈で語られるのであれば、個々のプレイヤビリティーも避けては通れないと思っているので、良い演奏はできるようになりたいですけど」
荒田「うん、すごい演奏はしたい。でも一方で、作品とライヴはまた違うと思うんですよね。もともと僕はビートを作っていて、いまもPxrxdigm.という名義でBandcampからリリースしているんですけど、そういうのもあって、どちらかと言えば(ドラマーというよりも)ビートメイカー志向のほうが強い。だから、もっとリズム面でおもしろいことができたらと思うし、音源では生ドラム以外にもいろんな音を付け足したりしています」
――RM jazz legacyはWONKよりも上の世代ですよね。生演奏だけで成り立っているし、演奏したい人たちの集団という感じがWONKよりも強い。石若駿くんのような若いミュージシャンも参加しているけど、そういうマインドは(バンド間で)共有できている感じがしますね。
守家「石若くんは、(一緒に演奏していて)オッチャンとやっているような気分になるんだよね(笑)。培った経験による仕事のしやすさと、これまで聴いたことのないような最高レヴェルのプレイを持ち合わせている。横山和明くんもそうだね。僕らが求めているイメージ通りというか、料理しやすい食材になりきってくれるんですよ。それこそ、RM jazz legacyの〈ジャズ〉や〈レガシー〉にあたる役割を、きちっと演じてくれる」
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――そういう意味では、RM jazz legacyは非常にジャズ的ですよね。
守家「そうなんかね(笑)。ミュージシャンが集って、パッと演奏しているという意味においてはジャズ的やね。でも、演奏しているミュージシャンは〈ジャズじゃないような感じがする〉とも言ってくれるし、立ち位置によっていろんな意見が出てくるのがおもしろい」
江﨑「〈何がジャズで、何がジャズじゃないのか〉という話は、〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉のメンバーともよくしますね。クラシック音楽をやるかの如くジャズを演奏する人たち、古典が好きな人たちというのは一定数いて。一方で、〈本当のジャズはこうじゃないはずだ〉と思っている層は、新しいものを受け入れて、既存のジャズから逃れようとするマインドこそがジャズだと考えている。それこそ、ロバート・グラスパーもそうだし、ハイエイタス・カイヨーテのようなフューチャー・ソウルと括られるバンドにも少なからずジャズの要素があるわけで。ああいう存在を目の当たりにしていると、これまでに聴いたことのないサウンドだけど、ブラック・ミュージックの要素が根底に流れている音楽のことを〈ジャズ〉と呼ぼうとするのも自然だと思うんですよね」
――なるほど。
江﨑「だからちょうど、僕らは転換期にいるような気がします。〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉は、それぞれジャズの解釈が違っている人たちが入り混ざった団体でもあるんですよ。これからのジャズが進むべき方向を、異なる考え方を持つ人たちで話し合って模索している」
守家「石若くんや坪口さんと一緒にアルバムをレコーディングしているときにも、そういう話になったな。僕は60年代のオーセンティック・スカを100%ピュアな形で再現することに心血を注いでいたバンド(DETERMINATIONS)に20代半ばのときに参加したんだけど、そこには60年代のスカしか存在しないの。それまでにもマイルス・デイヴィスはもちろん、ボブ・マーリーやランDMC、ア・トライブ・コールド・クエストやJ・ディラを聴いていたし、影響も受けていたんだけど、そのバンドに入った瞬間に〈60年代のスカ以外は聴くな〉というオーセンティック原理主義みたいな世界になった。そういう経験はしていたから、ジャズでもそういうのがあるんだなと思ったね。みんな同じような問題にぶつかるんだなって」
――坪口さんは、いわゆる東京のジャズ・シーンと距離を置いてきた人じゃないですか。本当はバリー・ハリスとかが好きなのに、あえてジャズらしくないことに挑戦し続けて。
守家「坪口さんは僕よりも上の世代で、菊地成孔さんと一緒にやってきた人でしょ。菊地さんは、絶対にジャズを変えたはずやねん。それが良いか悪いかは別として、歴史的に振り返っても何かを刷新したことは間違いない」
江﨑「〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉の会議で〈次はこういう企画がおもしろいんじゃない?〉とアイデアが出てきて、(調べてみたら)坪口さんが10年くらい前にやっていたというパターンは結構多いですね(笑)。これまでにないサウンドや音楽の作り方を、常に模索している方だなと」
――でも、坪口さんはいまが一番楽しそうですよ。〈俺は基本的に、若い連中としか一緒にやりたくない〉とよく話しているし(笑)。そういう意味では、世代が離れていてもお互いにシンパシーを抱く部分もあるのかなと。
江﨑「最近も坪口さんにお会いしたんですけど、WONKのことをすごく応援してくださるんですよ。〈タワレコでCD買いました〉って」
守家「うんうん、WONKは聴いたほうがいいと言ってたな」
――昔も坪口さんの東京ザヴィヌルバッハ、菊地さんのDCPRG、藤原大輔さんのphatと〈点〉では大きな存在がいたけど、一緒に何かをやるという機運はそんなになかったですよね。時代の要請で生まれたというよりは、何か異質なものが突然出てきたという受け止められ方だったというか。いまはそういう感じではないですよね。さっき大塚さんが話していたように、繋がりがガッチリしている。それに、WONKや〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉の周辺にいる人たちは、音楽性以外にもスタンスや表現の仕方をすごく考えている。
江﨑「ただ結局、そういう問題意識は経済的な部分に拠るところも大きいんですよね。どれだけ斬新なプロジェクトでライヴをやっても、お客さんが3人しか来ないような状況だったら意味がない。片やYouTubeで〈マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル〉を観ると、数千人の観客がハービー・ハンコックのソロに熱狂しているような時代があったことを思い知らされるわけですよ。それを踏まえて、いまのジャズに何が足りないんだろうという話はよくしています。例えばPerfumeのようなライヴは、あらかじめ作り込めるものだから照明演出などを物凄く凝ることもできる。でも、ジャズは即興音楽という前提からして演出を練ったりするのが難しい。だから、ライヴ体験としては物足りなくなっているんじゃないかとか」
守家「すっごい真面目に考えてるんだね。偉いな、勉強になるわ」