『SweetSexySavage』というタイトルからTLCの『CrazySexyCool』を想起する人も多いかもしれないが、そんなエポックメイキングな名作が誕生した次の年、95年に生まれたのがケラーニである。弱冠21歳の彼女がこのファースト・アルバムで聴かせるのは、全身を飾るタトゥーのさらに内側にある剥き出しの彼女自身だ。

 生まれてすぐに父を亡くし、母は薬物依存症というハードな環境、あるいは昨年ゴシップ記事を騒がせた三角関係のもつれに起因する自殺未遂など、ある種のわかりやすいヘッドラインがイメージを規定するのは仕方ないとして、ケラーニの名をそれ以上のものにしたのは、もちろんその音楽的な魅力に他ならない。ミックステープを足がかりにしたカレントR&B的なメジャー浮上劇という点ではジェネイ・アイコティナーシェの系譜にあると言えるだろうし、一方で、ハードな環境をくぐり抜けた者が纏う独特の佇まいは、単にタトゥーからの連想じゃなく、オーガスト・アルシナに通じるものがあるのではないだろうか。

 アフリカ系、白人、ネイティヴ・アメリカン、スパニッシュ、フィリピーノという多様な血を引くケラーニは、カリフォルニア州オークランドの生まれ。ドラッグ中毒の母親に替わって叔母に預けられた彼女はバレエ・ダンサーを志していたが、膝の故障によってその道を諦めざるを得なくなったという。その穴を埋めたのが音楽だった。地元の大物、ドウェイン・ウィギンストニ・トニ・トニ)の息子たちと出会った彼女は、彼らの演奏するポップライフなるバンドでヴォーカルを務めることになる。バンドは2011年に人気オーディション番組「America's Got Talent」に出演し、優勝こそ逃したもののファイナリストとしてスティーヴィー・ワンダーとのステージ共演も経験。バンドは高い評価を得るも、彼女は契約問題のトラブルから脱退を選んだ。

ポップライフの「America's Got Talent」でのパフォーマンス映像
 

 一時は住む場所もない状態だったというが、番組を通じて知り合っていたニック・キャノンの助けもあって彼女は音楽の道へ帰還。HBK周辺などラッパーの作品に客演しながら楽曲制作を進め、2014年に最初のミックステープ『Cloud 19』を発表する。SXSW出演やメディアの絶賛を受け、次作『You Should Be Here』(2015年)はグラミーにノミネートされるまでに。そしてメジャー契約後、映画「スーサイド・スクワッド」サントラに提供した “Gangsta”のヒットを経て、延期を重ねつつも無事に届いたのが、今回の『SweetSexySavage』というわけだ。

KEHLANI SweetSexySavage Atlantic/ワーナー(2017)

 アトランタのノヴァウェイヴブリトニー・スピアーズらに曲を書いてきた女性デュオ)による先行シングル“CRZY”ではトラッピン・リアーナ的な威勢の良さを見せる一方、当然ジャハーン・スウィートフェザーストーンズといった以前からのブレーンも参加。先述の『CrazySexyCool』を極みとする時代——R&B/ヒップホップがメインストリームを席巻した80年代末~00年代初頭の楽曲やムードを引用する行為は、それこそジェネイやオーガストらがここ数年で(トレンドというより)顕在化させてきた常道の手法だが、ここでもアリーヤ“Come Over”をサンプルした“Personal”あたりは、かつてジョデシィジニュワインらを素材にフリースタイル的な歌い口を聴かせたミックステープ時代の延長線上で安定感を届けてくれる。

 ただ、そういった書きやすい〈イマっぽさ〉に終始しない美点によってアルバム全体のムードを司るのは、セカンド・シングル“Distraction”も手掛けた辣腕ポップ&オークの仕事ぶりだろう。インティメイトなトラップ・ソウルの“Piece Of Mind”やメロディアスな“Advice”は、オーセンティックなハーモニーと歌心で新しいケラーニ像を引き出すものだし、モロに往年のティンバランドっぽい“Everything Is Yours”もいい。さらに“In My Feelings”ではニュー・エディション“If It Isn't Love”をタイムリーに引用し、往時のジャム&ルイス的な蒼さをも取り込んでみせている。本編ラストを飾るのはクワイアを従えた“Thank You”。ソウル/R&Bを援用した悪くない有象無象が夥しい昨今、〈The Changing Same〉を愛するリスナーにとっては、またとない傑作の誕生だ。


 


ケラーニ
95年生まれ、カリフォルニアはオークランド出身のR&Bシンガー。幼い頃よりバレリーナを志し、その後シンガーに転身。ドウェイン・ウィギンスの手掛けるポップライフに参加し、2011年の「America's Got Talent」に出演する。バンド離脱後はニック・キャノンのフックアップを受け、ベイエリア中心に客演を行いながらソロでのレコーディングを開始。2014年に初のミックステープ『Cloud 19』を発表。翌年の『You Should Be Here』が高い評価を獲得してアトランティックと契約を果たす。2016年には映画「スーサイド・スクワッド」のサントラに収録された“Gangsta”がヒットを記録。このたびファースト・アルバム『SweetSexySavage』(Atlantic/ワーナー)をリリースしたばかり。