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詩に引き出されるものがある

――アルバムのサウンド面についてもお話を伺いたいのですが。先ほどお話に出たマヒトゥ・ザ・ピーポー以外にも今回は蓮沼執太さんやゴンドウトモヒコさん、柴田聡子さんなど多数の豪華なゲストが参加されていますね。

「例えば“九年”なんかは、エレクトリック・ギターが入ればいい感じになるだろうなと思ってたんですけど。(松井)一平さんが予想以上に音を重ねてくれて、重層的ないろんな想像力を刺激するような音の構造になったのでびっくりしましたね。やっぱり一平さんは凄かったです。ゲストはそんな、一緒にやる必然性のある方々に参加していただきました」

寺尾紗穂と松井一平の2015年のシングル“いしとゆき”

――リズム・セクションは前作に引き続き、あだち麗三郎さん(ドラムス)と伊賀航さん(ベース)のお2人が担当されています。

「あんまり説得力のある説明ができないんですが、2人とは馬が合うんです(笑)。一回、3人の筆跡を見比べたことがあったけど、みんな結構適当で(笑)。丁寧にカクカクって書く人はいなかった。私はあんまり音楽的な引き出しはないし、アレンジも直感で〈これをやったらいいかも〉って感じなんですけど、2人は私とは逆で幅広いアイデアを持ってるから、大いに任せてます」

――伊賀さんは、細野晴臣さんや星野源さんのバンドでサポートもされていて。屋台骨的な器用なベース・プレイヤーという印象です。

「伊賀さんは本当に珍しいタイプですよね。星野さんのツアーで地方に行って1万人とかの前でやった翌日に、今度は東京で別のマイナーなバンドでライヴして〈お客さん4人だったわ〉とか言ってる(笑)。振れ幅が凄いですよね。職人っぽく人に合わせることも上手いんだけど、ちゃんと自分の中から溢れ出てくるものもあって。自分でやってるlakeや、あだちくんと私とでやっている〈冬にわかれて〉というプロジェクトがそれを吐き出す場所になるのかなって思うんですけど」

冬にわかれて 『耳をすまして』 Pヴァイン(2017)

――あだち麗三郎さんはマルチ・インストゥルメンタリストで、ドラマーとしてだけでなくご自身でも歌われてますよね。伊賀さんとは対照的なタイプかな、とも思うのですが。

「伊賀さんとあだちくんはいい意味であんまりこだわりすぎないっていうか、柔軟な組み合わせかもしれないです。あだちくんは冒険的で挑戦的なことをするんですけど、そこを伊賀さんが少しおさえつつ、ついてきてくれて」

――そういうお二人の下支えのもとで、寺尾さんはどのようにしてご自分の演奏を立ち上げていくのでしょうか? 例えば、ピアノやエレクトリック・ピアノの音色の選び方とかプレイのスタイルとか。

「うーん……。ピアノやエレクトリック・ピアノの音色の選択に関しては、あんまりマニアックなこだわりはなくて、〈この曲はローズかウーリッツァーかで言ったら、ウーリッツァーかなぁ〉ぐらいの感じ。“幼い二人”の場合は都会っぽいからエレクトリック・ピアノにしました。都会っぽいのは大体エレピ(笑)。“雲は夏”はリズムがカチッと出るものが良かったのでピアノにしました。私は和音に関してはすごく敏感で、和音が1音違うとか、ここはこの音必ず入れなくちゃとか、そういうことは人よりも厳しめなんですけど、マスタリングによる微妙な変化みたいなものは、ほとんどわからない。聴き分けをやったら絶対に間違える自信があるくらい鈍感です(笑)。だからエンジニアの葛西(敏彦)さんが作品に思い入れをもって、きちんとマスタリングにも同行してくださるのがありがたいですね」

――以前からライヴで演奏されていた楽曲も多く収められていますよね。作られた時期もまちまちという感じでしょうか? 前のオリジナル・アルバム『楕円の夢』と比べると寺尾さんのコード感に変化があるように感じましたが。

「えー、そうですか。でも、すべて最近の曲ってわけでもなくて、作った時期はバラバラなんです。“九年”とか“紅い海”は2012年ぐらいに作りました。コード感に関しては今回、尾崎翠の詩を歌にした“新秋名果”とか“柿の歌”も入っているので、そういう感じがするのかもしれない。“新秋名果”なんかは合唱曲っぽいですよね。ピアノもポップスでは耳慣れないような和音も使ってます。詩に引き出されるものというのは、それぞれにありますね」

寺尾紗穂の2015年作『楕円の夢』収録曲“楕円の夢”

――寺尾さんはその大正から昭和初期にかけて活躍した鳥取県出身の小説家/詩人・尾崎翠の影響を公言していますが、そもそも彼女の詩を歌にしようと思ったきっかけはなんですか?

「3年ほど前に鳥取で開かれた〈尾崎翠フォーラム〉というイヴェントに呼んでいただいて。彼女の詩に曲をつけた“よみ人知らずの歌”はもともとレパートリーにさせてもらっていましたが、新たに彼女の詩「新秋名果」や、小説「歩行」にちなむ“柿の歌”などを作ったんです。“よみ人知らずの歌”は『御身 onmi』というアルバムに収録されています」

――“クストフ”はソウル・ミュージックの薫るエレクトリック・ピアノの優しい音色とアコースティック・ギターの響きが美しいポップスですが、タイトルの〈クストフ〉とはどういう意味ですか? どれだけ調べても出てこなくて。

「それは出てこないでしょうね(笑)。〈クストフ〉は人の名前なんです。2004年ぐらいに中国を旅した時に南京で出会ったドイツ人の男の子の名前。私は南京大学に短期留学に行っていたんですが、彼も留学生で、一緒に揚州を旅したんです」

――〈どうしてかな/いまごろ/君のはにかみが/僕の眼裏に/季節は巡り告げるよ/もう時が過ぎたこと/穏やかな光で〉という歌詞にハッとさせられました。

「別に彼に対して恋愛感情とかはなくて……いい友達だったんですけど。彼と揚州を旅したことを3年ぐらい前にふと思い出して、なぜか泣けてしまって(笑)。〈時が過ぎる〉ってこと自体に心を揺さぶられたんだと思います」