ドイツの伝説的バンド、カンが初のシングル集をリリース!
〈現代音楽としてのロック〉を極めたカンの魅力を、バンドの中心人物、イルミン・シュミットが振り返る
パンク/ニューウェイヴ、ポストロックなど、後の音楽シーンに大きな影響を与えたドイツの伝説的なロック・バンド、カン。アルバム未収録曲を含めた彼らの初めてのシングル集『ザ・シングルス』がリリースされた。実験的なバンドというイメージが強いだけにシングル集というのは意外に思えるが、バンドの中心人物、イルミン・シュミットは、本作を「カンの多様な一面を垣間見ることができるアルバム」だと言う。
「確かにカンはシングル向きのバンドではないけれど、“Spoon”や“I Want More”のようにシングルヒットした曲もあるし、“Vitamin C”のようにテレビ・シリーズで使われた曲もある。『ザ・シングルス』は、カンは長くて実験的な曲ばかりじゃない、ということがわかってもらえる良い機会じゃないかな」
とはいえ、シングル曲にも彼らの個性はしっかりと反映されている。ドイツで35万枚売り上げたバンド最大のヒット曲“Spoon”は、最初はリリースが危ぶまれたらしい。
「この曲は、刑事ドラマの主題歌として依頼されたんだ。でも、ディレクターが全然気に入らなくてね。プロデューサーも〈こんなもの売れない!〉と憤慨したんだ。彼らにとってはアヴァンギャルド過ぎたようだった。でも、リリースしたら大ヒットして、カンの名前を多くの人に知ってもらえたんだ」
実験的なサウンドに加えて、独自のユーモアも彼らの魅力だ。例えばオッフェンバック“天国と地獄(Can Can)”をカヴァーしたのは、その良い例だろう。
「カンが“Can Can”をやるって面白いんじゃないかと思ってね(笑)。それに私はオッフェンバックの大ファンだったんだ。パンクなカヴァーになったんだけど、多くの人に批判されたよ。ふざけてるってね。当時、実験的なバンドはシリアスじゃないといけないと思われていたんだ。確かに我々はシリアスではなかったけど真面目に音楽に取り組んでいたよ」
“Can Can”は〈Ethnological Forgery Series(疑似民族音楽シリーズ)〉として発表されたが、このシリーズもカンのユニークな音楽性のひとつだ。
「僕が日本の雅楽や東洋の音楽に興味をもっているように、メンバー全員がヨーロッパ以外の音楽文化に興味をもってるんだ。でも、海外の音楽の要素を、海外旅行のお土産を身につけるみたいにわざとらしく取り入れるようなことはやりたくなかった。そこで〈Ethnological Forgery Series〉を作り出したんだ。これは影響を受けた音楽をそのまま引用するのではなく、きちんと距離を持って、自分たちならではの形で音楽に取り入れる、ある意味、錬金術的なアプローチなんだ」
そうしたバンド独自のアプローチは、曲作りから始まっている。彼らは知り合いを通じて城館を無料で借りて自分達のスタジオを作り、そこでセッションした音源をすべて2トラック・レコーダーで録音して、それをもとに曲を作り上げていった。
「曲を作る時は、プランを立てずにその場の流れに任せるんだ。ある音に誰かがアクションを起こしたら、それに別の誰かがアクションを起こす。まわりで起こっていることに耳を傾けて集中することが重要だった。即興というより、しっかりとした規律のなかで曲を発明するような感覚だったよ。2トラック・レコーダーを使ったのはお金が無かったからだけど、レコーディングしたものをエディットして、それをダビングしていたことで、バンド特有の音や曲の構成が生まれたんだ。そして、卓を通して録音しなかったことで音にエネルギーが宿った。当時、そういう手法は珍しかったんじゃないかな」
シュトックハウゼンのもとで学んでいたイルミンをはじめ、カンのメンバーのほとんどは、クラシック、現代音楽、ジャズなどをバックグラウンドに持つ、ロック未経験者達。そんな彼らが自分達のロックを発明しようとした実験場がカンだった。イルミンはカン結成の経緯を、こんな風に振り返る。
「60年代後半にアメリカに行って、フランク・ザッパ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ストゥージズといったバンドを聴いて〈これが20世紀の現代音楽だ!〉と思ったんだ。それがカンをやることになったきっかけさ」
現代音楽としてのロック。そんなカンのサウンドのエッセンスが、『ザ・シングルス』にはたっぷりと詰まっている。