現代ジャズ・シーンにおける最重要ドラマーの1人であるクリス・デイヴが、ソロ・プロジェクト名義でのデビュー・アルバム『Chris Dave And The Drumhedz』を発表した。本作にはディアンジェロ&ザ・ヴァンガードでも演奏しているピノ・パラディーノ(ベース)、アイザイア・シャーキー(ギター)といったメンバーに加え、ロバート・グラスパー(キーボード)やアンダーソン・パーク(ラップ)、ビラル(ヴォーカル)ら総勢50名ものゲストが客演し、ビートメイカー的視点で制作された15曲が収録されている。
クリス・デイヴの演奏スタイルは、ジャズ/R&B/ヒップホップ/ゴスペルといったジャンルを横断する、非常にオリジナリティーのあるものだ。一方で、エド・シーランやジャスティン・ビーバー、アデルといったポップ・スターの作品でも裏方としてプレイしており、その活動範囲は極めて広い。日本のリスナーにとっては昨年から今年にかけて発表された宇多田ヒカルの新曲“大空で抱きしめて”“Forevermore”“あなた”に参加したというトピックも記憶に新しいだろう。
そんなクリス・デイヴが音楽シーンに彗星の如く登場したのは90年代の終わり。2000年代にはロバート・グラスパーらと共にジャズとヒップホップやR&Bを繋ぐ音楽性を実践した。彼が参加したロバート・グラスパー・エクスペリメントの『Black Radio』(2012年)はまさにその成果だった。同作は第55回グラミー賞で〈最優秀R&Bアルバム〉を獲得するなど〈ジャズ〉という枠組を飛び越えて市民権を獲得。その彼のソロ・プロジェクトであるクリス・デイヴ&ザ・ドラムヘッズが2作のミックステープ――『Chris Dave And The Drumhedz Mixtape』『The Drumhedz Radio Show』を経て、満を持してドロップした初アルバムが本作である。
それにしても、いちドラマーの作品をここまで全世界が待ち望んでいたことが近年あっただろうか? 〈クリス・デイヴ以前/以後〉にドラムの歴史を分けてしまったほどに彼が登場した際のインパクトは大きかったのだが、そのすごさや真の魅力については、彼の演奏から影響を受けて新しい時代を創造しているプレイヤーに語ってもらうのが一番だろう。そこで、今回はエクスペリメンタル・ソウル・バンド、WONKの江﨑文武(キーボード)、井上幹(ベース)、荒田洸(ドラムス)に彼の魅力についてインタヴュー。彼らのクリス・デイヴとの出会いや、彼のスタイルにどう影響され、どこに魅了されているのか、話を訊いた。
他のプレイヤーを〈食っちゃう〉、圧倒的な存在感
――まず、みなさんクリス・デイヴはお好きですか?
江﨑・井上・荒田「大好きです!」
井上幹「告白みたいになってますけど(笑)。僕は、彼がまだ長髪でミント・コンディションで叩いていた頃からゴスペル・チョッパー※としてチェックしていました」
江﨑文武「僕はケニー・ギャレット※のバンドで叩いていて知りましたね。そっち側(R&B/ヒップホップ)の人だということは、後から気づきました」
井上「昔からジャズとR&Bとを行ったり来たりしていましたからね。だからもう、結構ベテランですよ。なので、江﨑はジャズ・サイドから彼を知って、僕はミント・コンディションやエリカ・バドゥのバンドで彼を知って、という流れだと思います」
――今挙がったどのバンドでも、クリス・デイヴはいわゆるフロントマンではありませんよね。なぜ彼に目が留まるのでしょう?
江﨑「単純に、(他のプレイヤーを)食っちゃってるからじゃないですか(笑)」
井上「2000年代前半は、ゴスペル周辺のドラマーが注目を集めていた時代だと思うんです。当初はそのなかの1人としてクリス・デイヴは見えていたのですが、よくよく見ると〈そうでもないぞ〉と。プレイ・スタイルもちょっと違うのかなと思い始めたんですよ。僕が決定的に違いに気付いたのはエリカ・バドゥのバックで叩いている時ですね。〈この人、かなり変だぞ〉と(笑)。
音作りもそうなんですけど、ゴスペルの人の特徴って〈正確にリズムを割る(細かく分割したリズムで叩く)〉みたいな考え方なんです。それで〈ダダダダダダ〉と叩くんですよ。でもクリス・デイヴの場合はちょっとした〈もたり〉みたいなものを感じたり――何かよくわからないフィルインを入れてくるとか(笑)。そういうところから興味を持ってチェックしていったという感じです」
江﨑「YouTubeで彼の映像をいくつか観ていたんですけど、昔は今みたいに見た目が目立つようなセットではなく、伝統的なセットでやっていたんです。それでも、野性的な感じがすごくしました。その後、僕が鍵盤弾きということもあって、ロバート・グラスパーのバンドで叩いている映像を観て、より印象的に感じられるようになりました。〈この人誰だろう? あっ、ケニー・ギャレットのバンドで叩いていた人だ!〉みたいな」
クリス・デイヴに全員が合わせる振り切れ具合がすごい
井上「最初はしっかりした叩き方をしていましたよね。その後はバンドの中でBPMを2つに分ける演奏をやっていた時期があって――〈サックスとドラムはこのテンポ、他はこのテンポ〉みたいな。2010年を過ぎる頃になると、だんだんロックみたいな激しいビートを叩いたり、観る度にスタイルが変わっていくんですよ。ロバート・グラスパーのバンドの時もかなり自由に叩いています。リズムの拍という概念を取っ払ったようなことをやっている時期もありました。そういう拍とか関係なしに格好良いというのは新しかった。
ドラマーはまず、しっかり拍に合わせて叩けて、拍に対して前で叩いたり、後ろで叩いたりを自由にできるかというところが昔から重要とされていて。クリス・デイヴはそれももちろんできるけど、気にしないでめちゃくちゃにやっても格好良い――それはトリッキーなところもそうだし、見た目もそうですね」
――同じドラマーとして、荒田さんはクリス・デイヴについてどう思われますか?
荒田洸「一般的なジャズ・ドラマーって、アンサンブルを大切にしながらインタープレイを楽しむ感じですよね。クリス・デイヴの場合はプレイの主張が強いため、彼に全員が合わせるぐらいの感じに振り切っているのがすごいと思いましたね」
――そういえば、クリス・デイヴがベーシストのフォーリーとのトリオ編成でライヴしていた頃の映像で、サックスのジェニア・ストリガレフが付いていくのに必死な様子も見えました。あの演奏に付いていくのもなかなか骨が折れそうです。
井上「クリス・デイヴはライヴ中に怒るんですよね(笑)」
――クリス・デイヴといえば、既成概念に囚われないドラム・セットも特徴だと思うのですが。
江﨑「いろんな種類のスネアがあったり、リヴァーブがかかっていたりしますね。僕がR&Bとかソウルを聴き始めたのは、WONKをやり始めてからなんです。でも、ここまで1音1音にこだわって使い分けているドラマーがいるんだというのも印象深かった」
荒田「クリス・デイヴは音色も汚いじゃないですか、良い意味で。例えば、マーク・ジュリアナは綺麗だと思うんです。クエストラヴは昔、〈安いドラムの汚い音が好き〉と発言していました。でも、彼は汚い音に関して、クリス・デイヴほど振り切れていなかったんですよ。
クリス・デイヴはシンバルのセッティングも〈どうやって叩くんだろう?〉みたいな角度にする事もあります。スネアがどう考えても変な位置にあったり、その都度その都度セッティングが違うんです。使っているスネアも違うし。固定して使っているドラム・セットがないというのは面白いですね。現場にある物を使って楽しんでいるのかなと。シンバルはいつも使っている物がありますけど」
――彼が使っている蚊取り線香のような形をしたシンバルは何なんでしょう?
井上「あれを使うと、クリス・デイヴになっちゃいますよね(笑)」
荒田「〈スパイラル・シンバル〉ですね。あれを使い始めたのは誰か?というのは僕の中で諸説あるんですよ。ジャマイア・ウィリアムスが最初なんじゃないかという説もあるんですが。あのシンバル自体は前からあるものなんです」
井上「そうなんだ! 特注なのかと思ってた」
DJが2曲を同時にかけているかのような、拍を無視した斬新なアプローチ
――なるほど。彼のジャンル横断的なプレイ・スタイルはどこから生まれてきたのか不思議に思うのですが、その点はいかがですか?
井上「最初はうまく叩き分けていた印象がありました――ジャズで叩く時と、R&Bで叩く時と。でも、本人のスタイルは一貫している」
江﨑「アデルのバックの時は綺麗に叩いているし」
荒田「アンガス&ジュリア・ストーンというオーストラリアのユニットの楽曲に参加している時の演奏は超オーガニックですよ。全然クリス・デイヴっぽくない。〈癒し〉みたいな。彼は元々教会で演奏していたんですよね」
井上「大体、〈こいつすげえな〉と思う人はみんなそうですよ。〈小さい頃から教会で〉というような。それから、ヒップホップといえば、先ほども話に挙がったクエストラヴの方が先に有名でしたよね――それは、ザ・ルーツのプロデューサーという意味で。クリス・デイヴはどちらかというと〈ドラマー〉という感じ」
荒田「そうですね。ヒップホップのビートを再現しているということに関してはクエストラヴもいたし、その点でクリス・デイヴに感銘を受けたという感じではないですね。それよりも、DJみたいに拍を無視して、ミキサーのクロスフェーダーを真ん中にして2曲を同時にかけるというようなアプローチは斬新でした。クエストラヴよりもまた一歩先に進んだというか」
〈主人公感〉があるドラマー、クリス・デイヴ
――では、今回の新作『Chris Dave And The Drumhedz』についてはいかがですか?
江﨑「前作『The Drumhedz Radio Show』は僕らのアルバムを作る時の参考にはしましたね」
井上「良い意味で〈ドラマーのアルバムだな〉と思いました。例えば、〈クエストラヴのアルバム〉となったらそれはプロデューサーとしての彼の作品であって、ドラマーとしての作品ではないじゃないですか。でも、この作品はドラマーのものだなとすごく思える。ビートの良さもすごく出ているし、演奏もかっちり決まっている訳ではないし。〈リズムのアルバム〉という感じですね」
荒田「僕はやっぱりDJ的な視点を感じますね。ライヴも〈ミックステープだと思って聴いてくれ〉と話してから始めるんです。だから、間にMCは1回もなくて、全曲繋がっている。新作に関して、幹は先ほど〈ドラマーっぽいアルバム〉と話していましたが、僕は〈ドラマー・アルバムあるある〉があんまりないと感じました。リズム的なフレーズのなかでドラマーがソロを取るみたいなのはドラマーのアルバムで一番嫌いですね(笑)」
井上「確かに。だから、ビートメイカーのアルバムに近いかもしれないですね」
――アルバムにはアンダーソン・パークやエルザイといったラッパーも客演していますね。
荒田「ラッパーとの相性はとても良いですよね。クリス・デイヴは崩して叩くけど、そのなかでもキープできるというか。Qティップと共演した時の映像を観ると、すごくラップしやすそうでした。なおかつ、Qティップのリリックに合わせてクリス・デイヴがフレーズを入れたりして、とても良い感じでしたね」
井上「どんなにずらして叩いても〈リズムの頭が合っている〉という事ですよね。大きく捉えた時の1拍目は必ず合わせてくるから。それが、サンプリングにちょっとしたズレがあってもループするから頭は合うというところと繋がってくる。そこがラッパーと合うところの一因かなと思います。
日本だとリズムの考え方は〈チチチチ〉と細かく合わせる様に捉える印象ですが、1小節毎に大きく捉えて合わせていくという考え方はあまりされない気もします。そこがクリス・デイヴの音楽の特徴だと思います」
――クリス・デイヴの音楽に初めて触れる人はどういうところに注目して聴けばいいと思いますか?
江﨑「どうなんでしょうね。一般的には、ドラマーって手が早く動いたら、もう格好良い気がしますけど」
井上「確かに。だから、手が早く動くところなんじゃないでしょうか(笑)。ライヴを観てほしいですね。ライヴを観たら、どれだけ彼に〈主人公感〉があるかがわかると思うので。それは普段、ドラムを中心に音楽を聴かない人でもわかるはずなので」
――では、最後に、みなさんがおすすめするクリス・デイヴの動画があれば教えてください。
江﨑「僕はミニマルなドラム・セットでラッパーとセッションしている動画がおすすめですね。全然ラップが入ってこなくて、超ラフな映像ですけど」
井上「オフィシャルで上げている、超格好良いアングルの奴。あれはわかりやすくて良いと思います」
荒田「僕はパリでやっているロバート・グラスパー・エクスペリメントの演奏動画ですかね。音の汚さが良い感じで楽曲の中に活きているし、最後のテンションがすごい。ただ、ホーム・ビデオなので、映像としてはあんまり良くはないですが。
クリス・デイヴは繊細なタッチもするし、細かいフレーズもできます。でも拍を無視して、また帰ってくるみたいな良い意味の滅茶苦茶さが魅力なんです。音源ではわかりづらい点もあるかもしれないですが、〈よくわからないけど格好良いことをやってるな〉というのを感じてもらいたいですね」