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NigelとAlice
 

――あなたたちにとって台南とはズバリどのような場所ですか?

Alice「最近は観光客が多いわね。週末なんかに街中を歩くと、大きなカメラを携えて、服装からしても明らかに台北など他の都市か来ている感じの人を大勢見かけるわ」

Nigel「週末は街の至る所の雰囲気がガラッと変わるよ」

――台南では古い慣わしが残っていますよね。例えば、道教の寺院によるパレードもよく見かけますし。道教では神様が大勢いて、寺院によって崇拝している神様が違うという話も聞きました。神様にはそれぞれの誕生日があるから、その結果、年がら年中お祝いがあるんだとも。

Alice「そうよ、彼らには誕生日があるし、神様になった日も祝うの。命日だってある。また神々はとても社交的で、お互いの寺院を訪ね合ったりもするの」

Nigel「パレードは、大体いつも神様が神輿で担がれていて、他の寺院を訪ね回っているんだ。神様は時には、台北とか他の街からやってきたりもするんだよ。僕は台南のそういうところが好きなんだ。博物館のように伝統的事物がガラス越しに陳列されているのではなく、まだ生活の一部として存在しているんだ。デリケートなものとして意図的に保護されているのではなく、多くの人々とともに、街の一部として生きているものなんだ」

――台南はよく、〈台湾の京都〉と例えられたりもします。日本でもミュージシャンをも含めて文化人には、京都が出身だったり、移住先だったりといった、京都と所縁のある人が結構いるのですが、台南でもそういった傾向はありますか?

Nigel「もちろんさ。僕らにできることは台北にもあるだろうけど、台北ではそもそも、ここのようにワークショップやライヴといった活動に適した建物を見つける事がまず不可能だと思う」

Alice「台北では地価が高騰しているので、ここ5年ほどは台南に移り住んでくる人が増えているのよ。台南にはここのように古い家も多いし」

――ここも古い家なんですか?

Alice「ええ、ここは築60年くらいね。台南の小道を歩けば、常に新しいカフェやレストラン、B&Bを見かけるはずよ。それは観光客にとって魅力的なのは確かだし、私たち地元民にとってもインディペンデントに自分たちのやりたい事をやっている人たちのコミュニティーが広がっていくのはとても刺激的な事よ。それにそれらの人々のやっていることには大抵、二面性があるの。例えば近所には結構有名な小豆のデザート屋さんがあって、カフェの様な場所なんだけど、彼らは地域の人たちのために勉強会や政治的座談会など、様々なイヴェントを主催しているの。台南はこのようにキュレーター意識を持ったオーナーがとても多くて、それがコミュニティー全体を活気づけていると思う」

――それは僕も肌身で感じます。例えば僕の知り合いでDaMi乾麵というラッパーがいるのですが、彼は台南で人気の麺屋も経営しているんです。ラッパーの副業と聞くと失礼ながら、サグライフ的な、何か危ういビジネスに手を染めているのではないか、とふと考えてしまったりもするのですが、麺屋だというのが面白いなと思いまして(笑)。

仲間たちもみんなそこで働いていて。彼らはとても地に足がついているというか、もちろん野心や夢はあるんでしょうけど、どうやって生活を維持しながら、個人的な野心や夢も追求していくのかという事に意識的だと思います。台南はそこのバランスのとれた人が多い印象です。日本にいると、生活の安定を取るか、チャレンジするか、二者択一マインドに陥りがちな気もするのですが、台南にいると「どっちもでいいじゃん」という、いい意味で欲張りというか、イージーゴーイングな感じはしますね。

Nigel「そうだね、単純にどう現実と向き合うかって事なんだと思う。もし音楽業界で真剣にキャリアを積みたいのなら、普通は台北を拠点にするだろう。それでもあえて台南に移り住む人は、それが人脈構築という観点において最も賢明な選択ではない事はわかった上で、それでも居心地の良さを取ったり、何か型にはまらない自分独自のキャリア構築の可能性を模索したりするんだと思う」

――それは東京についても同じ事が言えますね。時折、あらゆるものが東京に向きすぎているなと思う事があります。例えばアメリカであれば、NYだったり、LAだったり、シアトルだったり、シカゴだったり、各都市に独自の音楽シーンとその歴史があって、どこが一番ということもなく健康的な拮抗状態を維持している印象を受けるのですが、日本の場合、一旗あげたければ、まず東京に行け、みたいな認識はまだあります。

Nigel「それはアメリカにそれぞれの都市のシーンを支えるだけの十分な人口と経済力があるからだと思うよ。日本だって大阪や京都は都市としては相当規模は大きいと思う。少なくとも台南に比べればね」

Alice「台南には特別な、どっちつかずの感覚があって、台南が都会である事に違いはないんだけど、どこか田舎にいるような気持ちになることもあるの」

Nigel「うーん、僕はオーストラリア出身なので、田舎と聞くともっと別の景色を思い浮かべてしまうけどね……(笑)」

Alice「人の態度が違うっていうか……例えば、私たちがここに移り住んできた時、まずはいろんなお店にひょっこり顔を出して、自分たちが店を開こうと考えている事や、どんな事をしようとしているのか話してみたの。そしたら、誰もが温かく出迎えてくれて、自分たちのお店やビジネスについても惜しみなく説明してくれた。ここの家を実際に見つけて移り住むまでにも色んな人が助けてくれたわ。家具だってタダで譲り受けた物だし、PAシステムも元々は借り物だった。あとは私の家族も協力してくれたわ。だから、本当に人は温かいと思う。人と会うのも気楽というか、ご飯に行ったり、遊びに行ったりといったアポは取りやすいと思う。台北ではそうはいかないわ。みんな時間が限られているし、会えたとしても忙しないの。台南は地域全体にコミュニティー(共同体)の意識があると思う」

Nigel「そして、それは僕らがやりたい事にも通じるんだ。ここはギグを行うだけの場所ではない。台南にはそもそもエクスペリメンタル・ミュージックのシーンが無かったんだ。もちろん、そのような音楽を演奏するミュージシャンやギグが皆無だという訳ではないのだけれど、僕が知る限りはシーンに発展するほどの規模ではない。だから、ここに来た時は、多くの人にこのような音楽に触れてもらうところから始めなければいけないなと思ったよ。ギグをたくさん打つだけではダメなんだ。だから僕たちはまず、対話を通してこういった音楽への理解を促進するところから始める事にしたんだ。ワークショップもよくやっているんだけど、来てくれた人には人の家に招かれているかのような気持ちになってほしいし、ギグの後も会場で出会った人と会話したり、出かけたりして欲しいんだ。なので、ミュージシャンと観客というバリアもないし、とてもカジュアルな環境だと思う」

台中のミュージシャン、DJ Rex Chenによるイヴェベントの様子。持参されたの古いターンテーブルを用いて参加者が様々な手法で音やノイズを作るワークショップのほか、ターンテーブルの歴史についてのレクチャーなども行われた
 
子供と親のためのワークショップ。日用品を使ってどんな音が出せるのかを探るのが狙い。自宅でも試せるのがいい
 

Alice「私たちがホストするギグの基本的なセットアップもユニークなものだと思うわ。いわゆるステージもないし、互いにヒエラルキーのようなものを作らないようにしているの」

――〈LUC Fest〉でもそれは強く感じました。ここは観客がミュージシャンを取り囲んでいて、その場全体のムードをみんな作り上げているような、そんな参加意識は確かにありました。

Alice「空間に満ちているそのエネルギーは特別なものだと思う。10年前の私たちは台湾中をツアーで回っていたんだけど、当時、南部でのギグにはいつもエネルギーがあって、パフォーマンス後の対話から学ぶ事も多かったの。そもそも自分たちが何をしているのかというところから話すこともあったし、それは自分たちの活動を再定義するのに役立った。

大きな都市にいると立て続けにギグがあったりして、どこか反復的な事をしている様な気持ちになることがあって、観客の期待に応えなければいけないという意識もある。けれど、南部にいると観客に先入観がないし、仲間内で演奏する様なインティマシー(親密さ、親交の深さ)がある分、アーティストにより大胆な試みを促すことができる。

現代はエクペリメンタル・ミュージックについての定義もある程度定まっているし、私たちもどんな音楽でもホストするという事ではなく、その定義内に収まる様なアーティストを選定している。それでも彼らはそういった定義を飛び超える様な自由闊達なパフォーマンスをしてくれるの」

――僕が聽說 Studioのラインナップを見る限り、エレクトロニックなものから、伝統音楽まで音楽的スタイルは多彩な印象を受けたのですが、ホストされるにあたって満たすべき要件などはあるんですか?

Nigel「そこまで厳密な決まりはないよ。まずは僕たちの好みによるところが大きい」

Alice「私たちの様に規模が小さいヴェニューは、それしかないでしょうね」

Nigel「もちろんある程度はスタジオのコンセプトに沿う音楽であって欲しい。けど、どこまでが実験音楽でどこからがそうでないか、という基準は非常に曖昧なのでそこだけで判断してる訳もないんだ。例えば、この場所は激しいノイズ・ミュージックには不向きだ。けど、一般的にノイズ・ミュージックもエクスペリメンタルの範疇として括られているよね。とは言え、ここは住宅地だし、壁には防音も施されていない。僕たちは音楽より、コミュニティーに重点を置いている以上、ご近所づきあいも大切なんだ。なので、エクスペリメンタルであったとしても様々な理由でホスト出来ないこともある。ただ、チェックリストに条件が明示されているような、厳密なものではないんだ」

――確かに、エクスペリメンタルの定義って難しいですよね。エクスペリメンタル・ポップやエクスペリメンタル・ヒップホップもありますし。かたや、現代音楽にもエクスペリメンタルな要素はある。

Nigel「そうだね。それに僕たちはミュージシャン、もしくはサウンド・アーティストなのか、肩書きがなんであれ、二人ともそのフィールドについては専門的に勉強してきたので、ある程度のバイアスはかかっていると思う。けど、それでも極力、オープンマインドでいる事を心がけているよ」