イノセントな叙情が息づく、日本の音楽や小説に惹かれた台湾の少女の物語

 何かを心から好きになると、束の間、世界は変わって見える。そして、それが救いになることもある。台湾の漫画「緑の歌 - 収集群風 -」は、日本の音楽や小説に惹かれた少女、緑の物語。作者の高妍の実体験がもとになっているらしい。

 台北から車で40分ほど離れた海辺の町に住む高校生、緑は、ある日、はっぴいえんどの“風をあつめて”を聴いて、〈初めて聴く曲なのになんで懐かしいんだろう〉と感じる。音楽が好きな者なら、似た経験をしたことがあるに違いない。そして、台北の大学に進学した緑は、バンドをやっている青年、南峻と出会う。日本人の母親をもつ南峻は日本の音楽や文化に詳しく、村上春樹の小説「ノルウェイの森」を借してくれた。次第に日本の音楽や小説に興味を持つようになった緑は、日本にはっぴいえんどのレコードを買いに行こうと決意する。

 自分は何がしたいのか、何ができるのか。そんな思春期の悩みを抱えている緑にとって、はっぴいえんどの音楽は闇に灯ったロウソクの灯りのようなもの。彼らの歌が、とりわけ細野晴臣の歌が好きだということだけははっきりしている。そして、同時に南峻に対する想いも強くなっていく。〈好き〉という気持ちに胸を高鳴らせたり、苦しんだりする緑の姿を、高妍は繊細なタッチで描き出していく。高妍はイラストレイターから出発したこともあって動きよりも絵で見せる。一つ一つの絵の構図がしっかりしていて、背景は細かく描きこまれて写実的だが、人物の線は柔らかく温もりを感じさせる。どのキャラクターも頬に斜線が入り、ぽっと赤みがさしているのが特徴で、全員が何かに恋しているようにも見える。まさに微熱少年少女たち。

 8mm、sky、透明雜誌といった台湾のバンドに混じって、はっぴいえんどや村上春樹が登場するところに台湾の文化系女子の日常を感じさせるが、劇中に登場する〈海辺のカフカ〉というカフェは実在するらしい。緑をはじめ登場人物はみんな初々しくて心優しい。エドワード・ヤン監督の「ヤンヤン 夏の想い出」のエピソードが出てくるが、台湾映画に感じるイノセントな叙情が本作にも息づいていた。