2人の声が合わさると10ccになっちゃう
――それぞれ曲作りに入る前にこういうテーマにしようという話はされましたか?
鈴木「3作目となると2人で積み上げてきたものがある。だからこんなテーマでやろう、こんなサウンドめざそうとか、そんなものはいらなかった。ビートルズの〈ホワイト・アルバム〉(68年)はジョンとポールとジョージがそれぞれバラバラで作業していますよね。でもトータルとして、通奏低音というか共通して流れている空気感がある。それが〈ホワイト・アルバム〉の情け深いところ。それと感覚的には似たようなものがありました」
直枝「これまでの2枚を作っていた頃はまだ探り合いだったからね。作り方やテーマも綿密にすり合わせてやったけど、今回は放し飼いの状態からのスタート」
――資料には直枝さんが「2019年の夏の気持ちを、そのまま、曲にすればいいんだよ」と仰ったとありました。
直枝「いつも通りの感じでいいんじゃないか、というくらいのニュアンスだったんですけどね」
鈴木「言語化すると些細でシンプルだけど、僕にとってはこの直枝くんの言葉が大きく響いて、曲を作る十分なモチベーションになった。今年の夏は雨がいっぱい降ったり、あるところでは暴動が起きたり。そういうことをモノローグ的ではなく、宇宙的に捉えて曲にしていくことにしました」
――宇宙的というのはどういうイメージでしょう?
鈴木「僕らは〈私も年をとりました、枯葉を見たら人生の機微を感じるんです〉という歌は作らない。ビートルズから学んだことかもしれないけど、Soggy Cheeriosはもっとユニバーサルで大きな進展を描くグループなんです」
直枝「でも近くで見ていて、惣一朗くんの考えていることはストレートに入っていると思います。“海鳴り”には惣一朗くんの子どものときのトラウマみたいなものも垣間見える」
鈴木「直枝くんが書いた“繭”、“短い小説”、“シャッター”とかも物語ではないんですよね。行間から響いてくるものがある。だから僕はこのアルバムがこれまでの3枚のなかでいちばん好きなんです。音も空間も歌もすごくのびやか。自由になれた喜びがあります」
直枝「本当に惣一朗くんはどんどん歌えるようになっているんですよ。シンガーとしてもかなりいいところにある」
鈴木「1人でやっていたら自分が歌うことに積極的になれなかっただろうけど、こうやって相方がいるとね」
直枝「すぐ隣で〈最高だよ!〉 と言ってくれる人がいるのはバンドの醍醐味ですね」
――Soggy Cheeriosはお2人ともヴォーカルをとることの面白さがあると思います。
直枝「今回の作品は分業制をとった一方で、交互に歌ったり、1曲の中で2人の歌が絡み合ったりするような箇所をたくさん入れたんです。これをやっている人は周りを見渡しても意外といない」
鈴木「声質が合うんですよね。僕は高い声で、直枝くんはミッドローの渋い声。ハモったりユニゾンで一緒に歌うといい響きになる」
直枝「“海鳴り”では、白玉(全音符)のコーラスを入れているけど、2人の声が合わさると10ccになっちゃうんですよ」
鈴木「だからコーラス入れの作業がいちばん楽しい。早くコーラス入れたいなと思いながらオケを作っていましたね」
楽しくてしょうがなかったスタジオ作業
――お2人の様子からすごく和気あいあいとスムーズにレコーディングが進んだことが伺えます。
直枝「アレンジ作業がおもしろくて仕方ないの。スタジオに通うのが楽しくて、〈今日はあの曲がどうなるんだろな〉とワクワクして、これはやめたくないなという感覚が生まれてくる」
鈴木「まったく苦労しなかったですね。じゃあこれまでのアルバムは苦労したのかというと語弊があるんだけど。前作は吉祥寺のスタジオ、Gok Soundでアナログ録音をしたんです。アナログは久々だったというのと、演奏が修正できないこともあり全力投球だった。今回はPro Toolsで行いましたが、バンドが前回の制作を乗り越えて次のフェーズに行っているので、録音方法が変わってもSoggy Cheerios の音になるなと感じていた」
直枝「エンジニアの原(真人)くんとのタッグもすごくうまくいったし」
鈴木「スタジオは本当に笑っている合間に録音していたという感じ。早く自分の録音は終わってそっちで喋っている話題に参加したい(笑)。ハッピーなレコーディングでしたよ」
――これまで数多くの作品を作られてきて、いろんなレコーディングがあったとは思いますが、今回はなんでそんなハッピーになれたんだと思いますか?
直枝「こだわりを持たなかったからじゃないでしょうか」
鈴木「直枝くんはこだわり派で有名ですからね(笑)」
直枝「過去2作はジャッジでぶつかるところも少しはあったし、お互いの考え方がわからない部分もあった。でももはや3作目となるともう恐くないというか、どうなっても大丈夫だと思えるようになった」
鈴木「このプロジェクトで積み重ねてきた意味が出てきたというか、前作から4年間空いたのもよかった気がします。続けることを意識して2年おきに作品を作ると決めていたら、解散していたかもしれない。かといってまったく会ってなかったらお互いの探り合いもあったでしょうけど、ときどき会ってご飯食べていたことに強い意味がある」
直枝「お互いこの4年の間にもいっぱい作品は作ってきた。だからこそ、Soggy Cheeriosをまたやれるとなったらホッとするよね。ふとしたアイデアの一言に〈おお! それいい!〉と屈託なく言い合えるような」
鈴木「他のプロジェクトだと、なぜこういう音にするのかを言語化して説明し、周りを説得しなければいけないんですよ。でも本当はその時点でダメなんです。この2人に言葉が必要ないのは考えていないんじゃなくって、感覚的なものが直枝くんとは共有できているからなにも問題ない」
僕らがグラスパーを真似る必要はない
――お2人が共有している感覚とは?
鈴木「お互いにビートルズが好きで、ウィングスだったら『Wild Life』(71年)がいいよねという話を何十年に渡ってしている。その立ち位置はブレてない。もちろんフランク・オーシャンもロバート・グラスパーもいいよ。でも直枝くんとその音楽を真似る必要はない」
直枝「作る音楽には、いままで生きてきたなかで培った基準が入ってくるじゃないですか。そこに対して素直にいるということですね。この同い年の2人でやるならばその基準は73年頃のサウンドがベーシックになる」
鈴木「なぜ73年でなければいけないかは、自分にはよくわかる……」
直枝「というのといまの時代も意識したうえで、いちばん自分たちのコアな部分で勝負しないと、時代に太刀打ちできないという思いもある」
鈴木「このコアというのは、自分と直枝くんがデビューしてプロになった80年代以降に出会った音楽ではないんです。それまではただの1人の音楽ファンで、友達とビートルズのカヴァーを演奏したり、ただ浴びるようにレコードを聴くことが楽しかったあの頃に出会った音楽たち。〈Back To The Egg〉じゃないですが、自分たちの思春期に聴いていた音楽にこの年齢で自然と帰れるならば、これほど楽しいことはない。それだけなんですよ」
直枝「惣一朗くんは本来ロック・ドラムを叩ける人なんだけど、プロになってからはそこに対して逃げていたわけだ」
鈴木「プロの音楽家としては8ビートの否定から入っているからね。でも直枝くんにグルーヴィーなベースを弾かれたら、コンビネーションとしてキックを踏み込まないといけない。自問自答するし〈ドラムとして普通だな〉と思うけど、普通でいいじゃないか。俺は8ビートも叩けるじゃないかと」
直枝「(惣一朗くんは)どんどんロック・ドラマーとしての意識が出てきたと思いますよ。とにかくWORLD STANDARDのルーティンをSoggy Cheeriosでは外してほしかった。まだまだギターのスタイルには強く個性が出ているけど、3作目にしてようやくこだわりが抜けてきた。だからこそ僕は一緒に歌うし、惣一朗くんにいつもと違う刺激を与えないといけない」
鈴木「デビューして30年以上かけて、それこそ〈繭〉みたいに音楽性を紡いできたわけじゃない? だからこそ一回破ったらもう何でもやってみたくなる。戦争や平和について歌うなんてことは絶対避けてきたし、だからこそインストでやってきた。メッセージは感じ取ってくれればいいと思っていた。でもメッセージがあるならば、隠さずに繭をやぶって歌ってみると、すごく楽しいんですよね」