photo:K.Nakamura

ジャズからクラシックまで世界標準でクロスオーヴァーする現代的アーティスト

 世界標準のミュージシャン。小曽根真は今現在日本において、この呼び名が最も相応しいミュージシャンの一人である。バークリー音楽大学卒業直後の1983年、ニューヨークのカーネギー・ホールで行なったソロ・ピアノ・リサイタルでクインシー・ジョーンズに見出され、米CBSと契約。そして翌年1984年、アルバム『OZONE』でいきなり世界デビュー。超メジャーである米CBSとのレコード専属契約は日本人初の出来事であり、しかもそこからの全世界へ向けてのアルバム・デビューは新人として前代未聞の快挙であった。

 それ以来37年、彼の活動は世界を舞台に多彩を極めてきた。ジャズ界では自身のピアノ・トリオをはじめ、ザ・トリオへのストリング・カルテット導入、ゲイリー・バートンとのコラボレーション、塩谷哲とのデュオ、チック・コリアとのデュオ、その他 伊藤君子、ブランフォード・マルサリス、パキート・デリベラ、クリスチャン・マクブライド、ジェフ・ワッツらとの共演など列挙にいとまがない。演劇やアートシーンではテレビ、映画のサントラ、井上ひさし他の演劇舞台における作曲、そしてクラシック界では国内主要オーケストラをはじめ、パリ室内管弦楽団、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、サンフランシスコ交響楽団、シンガポール交響楽団などと共演。まさに八面六臂の活躍であり、2003年にはゲイリー・バートンとのデュオ・アルバムが『VIRTUOSI』でグラミー賞にノミネートされたこともある。

 

Photo by Ayumu Kosugi

小曽根率いる最強のビッグバンドNo Name Horsesのギターをフィーチャーした最新作

 その彼が2004年の結成以来、情熱を注いできた活動がもう一つある。それは昨年2019年に結成15周年を迎え、12月に最新アルバム『アンティル・ウィ・ヴァニッシュ 15×15』をリリースしたばかりのNo Name Horses。小曽根真が率いる最強のビッグ・バンドである。メンバー全員が日本を代表する多忙なジャズ・ミュージシャンゆえ不定期な活動ながらも、これまでに6枚のアルバムをリリースし、日本国内だけでなく海外でも積極的に公演を行なってきた。

 ビッグ・バンドが隆盛を極めたのは1930年代のこと。ビバップ以前、デューク・エリントンやカウント・ベイシーなどが活躍した、スイング・ジャズの時代だ。それ以来長いジャズの歴史の中において、ジャズ・ピアノは演奏スタイルやテクニックなど様々な面で進化を遂げてきた。もちろん、No Name Horsesは現代のビッグ・バンドであり、小曽根真のピアノも進化した現代ジャズ・ピアノのスタイルだ。さらに、彼のルーツであるハモンドオルガンもふんだんにフィーチャーされている。そのオリジナル曲やアレンジからは、昔ながらのビッグ・バンドの良さを踏襲しながらも、じつはプログレッシヴな現代のビッグ・バンドであることをアピールしている。そして最新作ではエレクトリック・ギターの参加する曲も登場。ゲストとしてはおそらくマイク・スターンなどが適任なのだろうが、そこはあえてジャズとは馴染みの薄い若手ギタリスト山岸竜之介を迎え、予定調和にはないジャンルを超えたスリルに賭けた。

 

ジャズメンと限定することが困難な、極めて現代的なアーティスト

 1961年生まれという彼の世代は、ロック、ジャズ、フォーク、フュージョン、すべてが出揃った音楽シーンで育った。しかもピアノ及びハモンドオルガン奏者である父、小曽根実の影響で2歳の頃からデキシーランド・ジャズに親しみ、オルガンを手探りで弾き始める。この特殊な環境と父からの開放的なアドバイスのもとで練習に励み、ジミー・スミスのプレイなどに親しむ。中学生の時にはタワー・オブ・パワーの来日公演を会場で録音。そのオルガン・パートのコピーに明け暮れたことにより、無意識のうちにファンクを吸収した。高校に進学してからは、E,L&Pやディープ・パープルなどを演奏するバンドにも参加し、ロックを吸収。一方、ピアノは母親の勧めにより5歳でレッスンを受けるが、型にはまったスタイルが嫌で一旦は辞めてしまう。しかし、12歳で見に行ったオスカー・ピーターソンの演奏とそのテクニックに感銘を受け、オルガンだけでなくピアノの演奏技術習得への意欲を燃やす。そして自らの意思でクラシック・ピアノのレッスンを再開。また、ジャズ・ピアノではオスカー・ピーターソンのプレイを研究し、バークリー時代には何を弾いてもピーターソン節になってしまうほどの傾倒ぶりだったそうである。そしてデビュー前にプレイの幅を広げるために再び取り組んだクラシック・ピアノ。聴き込んだのはウラディーミル・アシュケナージのピアノ演奏によるプロコフィエフのピアノ協奏曲2番と3番。ロンドン交響楽団をアンドレ・プレヴィンが指揮した名演だ。もちろん、ポピュラー音楽全盛の現代であるゆえ、ポップスやロックも自然と耳から入ってくる。こうして彼のクロスオーヴァー感覚は育まれていった。

 つまるところ、彼はジャズメンと限定することが困難な、極めて現代的なアーティストなのだ。それゆえ、ジャズというジャンルにとらわれないが、音楽の軸足は常にジャズにおいている。この点は彼と交流のあるチック・コリアやハービー・ハンコックと似た部分がある。この3人に共通するのは、好奇心と探求心に満ちたミュージシャンゆえに、変化をエネルギーとして成長するタイプであること。もともとクロスオーヴァーすることを好むミュージシャンなのである。加えてオリジナル曲を作り続けることこそが、現代のジャズに課せられた使命だと考える彼は多作だ。そしてこの驚異的な創作エネルギーは、常に彼を現在進行形のアーティストへと押し上げていく。それだけでなく、しっかり実績と評価という結果を残しているのが見事。

 初めからスタイルありきで形骸化してしまった80年代以降のフュージョンとは違い、70年代のクロスオーヴァーはそれぞれのジャンルに収まりきらないエネルギーが有り余るゆえに境界を超えてしまう、そんな音楽だった。小曽根真の音楽は明らかに後者であり、70年代クロスオーヴァー時代の輝きとトキメキを有している。しかし、彼は慎重だ。安易な融合はしたくないという。一例を挙げるなら、2013年8月1日にクインシー・ジョーンズが東京国際フォーラムホールAで80歳記念コンサート(The 80th Celebration Live Gala Party)を行なった際に、クインシーの曲をトリビュートするのが通例の出演者の中にあって、小曽根真はNo Name Horsesを率いてあえて自身のオリジナル曲を演奏した。それは作曲やアレンジの中に自分に影響を与えたクインシーのエッセンスを感じとってもらえる自信があったから。もちろん終演後にクインシーから「ぜひ、譜面を見せてくれ」と絶賛されている。

 

各ジャンルのファンから賛同される真のクロスオーヴァーを目指して

 プログレッシヴな現代のビッグ・バンドNo Name Horsesの世界には、小曽根真がこれまでのボーダーレスな活動で身につけた様々なジャンルのエッセンスがぎっしりと詰まっている。ビッグ・バンドならではの管楽器の重厚なハーモニーや躍動感はもちろん、古き良き時代のディキシー・ランド、スリルに満ちたビバップ、品格を備えたモダン・ジャズ、極上のバラード、爽やかなスムース・ジャズなど結果的にはすべての時代のジャズが展開されている。つまり、ジャズというジャンル内におけるクロスオーヴァーである。そして、そこへ加わるロック、ファンク、クラシック、これら全てがビッグ・バンドというフォーマットの中で統一性を持って奏でられている。これらのジャンルをクロスオーヴァーさせるには、それぞれについて熟知していなくてはならない。単に混ぜ合わせることでそれぞれのジャンルの良さを薄めてしまうのではなく逆にパワーアップし、各ジャンルのファンから賛同を得られるモノでなければならない。この作品が成立し得たのは、それができているから。極めて高度なコラボレーションの中で生まれる刺激、エネルギー、それこそが小曽根真の求める音楽の源なのだ。No Name Horsesを率いての今年の東京JAZZへの参加はもうアナウンスされているが、もしかして次回のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルへの出演も? 彼なら、実現してくれるかもしれない。

 


小曽根真(おぞね・まこと)
1983年バークリー音楽院ジャズ作・編曲科を首席で卒業。同年米CBSと日本人初のレコード専属契約を結びアルバム『OZONE』で全世界デビュー。以降、ジャズ・ピアニストとして世界の第一線で活躍を続ける一方、クラシックにも取り組み、国内外のオーケストラとの共演を重ねている。また、テレビ、映画、舞台などの音楽を作曲、自ら率いるビッグ・バンド〈No Name Horses〉など、マルチな才能でジャンルを超えて活動中。平成25年度文部科学大臣賞を受賞。

 


寄稿者プロフィール
近藤正義(こんどう・まさよし)

1958年生まれ。90年代半ば、ADLIB誌と阿川泰子のCDライナーノーツから執筆業のキャリアをスタート。著書には「林哲司全仕事」「鈴木茂自伝」「プロ・ギタリストが語る、僕の好きなギター・ヒーロー100:「僕らが恋した伝説のギターたち」など。昨年よりFree Ride Edition名義で独自のコンパイルCD制作を開始。

 


LIVE INFORMATION

No Name Horses 15周年記念ツアー 'Until We Vanish 15x15'
○3/6(金)19:00開演 静岡グランシップ 中ホール・大地
○3/7(土)16:00開演 高崎芸術劇場 大劇場
○3/10(火)19:00開演 市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)
○3/12(木)19:00開演 川西市キセラホール
○3/13(金)19:00開演 刈谷市総合文化センター
○3/14(土)15:00開演 ウェスタ川越 大ホール
○3/15(日)16:00開演 鎌倉芸術館 大ホール
○5/23(土)18:00開演 TOKYO JAZZ +plus NHKホール(東京)
○5/28(木)19:00開演 フェニーチェ境 大ホール
○5/29(金)19:00開演 ハーモニーホールふくい
○5/30(土)17:30開演 大和高田さざんかホール
○5/31(日)15:00開演 三重県文化会館
○6/3(水)19:00開演 山口市民会館
○6/4(木)19:00開演 iichiko総合文化センターiichikoグランシアタ
○6/5(金)19:00開演 宗像ユリックス イベントホール
○6/6(土)16:00開演 姫路市文化センター 大ホール
○6/7(日)15:00開演 東広島芸術文化ホールくらら
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